屋根裏部屋
space
space
 <--TOP PAGE
舞う風のゆくえ 天ヶ森 雀
   
space space space space
line
space space space space
  1・・2・・3・・4・・5   ・・二次二次創作「舞う風のゆくえ」  
space space space
少年は丘を越えて

 なるほど、女になるとはこういう事か。
 まだ幼さの残る肌を湿らせて、サリフは募る想いを噛み締める。

 

 生まれた時から風が共にあった。風は、サリフが笑っても泣いても着いてきてその感情に沿った。
 だからサリフが物心つく頃、初めに学ばねばならなかったのは、感情を抑える事だった。 サリフが波立てば、風も荒れる。それは即ち、誰かが傷付くかもしれない事を意味した。実際、サリフの父と母には、風が舞った事に寄る小さな傷が、未だ体に残っている。
 それでも両親はサリフを愛し、娘の為に悲しんだが、サリフの胸にはいつしか拭えぬ絶望が大きな岩の様に根を下ろした。

 自分は、呪われた子供なのだ—

 長じて尚美しくなる外見に反し、サリフは泣きも笑いもせぬ娘となっていった。

 

 

 祈祷師や占い師の薦めに沿って、縁談を望んだのはサリフ自身だ。この疎ましい力が消えるなら、相手は誰でも構わない。—否、先方が是と言えば、サリフに選ぶ権利など始めからない。
 誰でもいずれ嫁に行くのだから、それが多少早まったところで、一向に問題あるまい。
 幸いな事に、その奇妙な力があっても尚、サリフを望む者は多かった。
 彼女自身の必死の制御が高じてその力が危険だと言う認識が周りになかった事と、それに反比例する様に常に憂いを帯びた彼女の雰囲気が、相反するその幼さの残る美しさと相まって、本人の意思と関係なく神秘的な雰囲気を作り上げていたからである。
 サリフは美しかった。
 故に、我が物にと望む男は大勢いたのである。
 しかし、まだ月のものを迎えて間もない娘には、頭の中におおまかな知識があったとしても、男に抱かれる本当の意味など解る筈がない。
 最初の夫は、いつも優しそうな笑顔を浮かべた豪商だったが、初夜を迎えた晩に豹変した。文字通り、獣染みた動きでサリフを蹂躙しようとした。それでもはじめはそういうものなのだと必死に堪えていたが、彼の身体の一部がサリフの中に入ろうとした瞬間、どうしようもない嫌悪感が込み上げ、それまで抑えてきた風が一気に放出した。
 孤独を抱えて生きてきた娘が、人殺しと言う更に重い荷を背負う事になる瞬間だった。

 

 あれから—
 どうやって逃げてきたか、よく覚えていない。しかし、一度殺してしまえば、その力は躊躇いなくサリフの内からするりと出る様になった。—やはり彼女の意思とは関係なく。

 私は人殺し—

 原罪の様な意識が固い殻となって彼女を覆い、それ以外の感情を奥へと押し込める。
 季節が二巡りするほど、孤独な旅が続いた。

 

 

 なぜ、このひとは死なないんだろう…?
 鋼の様に鍛え上げられた、厚い胸に抱かれながら、サリフは思う。
 袖を引いたのはサリフ自身だった。サリフの肌に走る銀の鱗を見て、おぞましげな顔をしなかったのは、彼が初めてだった。
 両親でさえ、その鱗を初めて見た時は、息を呑んで絶句したのに。
 彼は—、彼だけは、嫌悪の表情ひとつ見せずに、痛ましげな目をして、優しい手でサリフに触れた。
 それが、限界だった。
 彼女の無意識下で、本当は狂おしく荒れ狂っていた人恋しさが溢れ出た。
 触れて欲しかった。
 誰かに、触れたかった。
 —否、彼の手が、肌が、体温の感触が、欲しくて堪らなかった。
 だから、袖を引いたのだ。
 彼は一瞬戸惑う様子を見せたが、サリフの小さな身体を軽々と抱き上げると、寝台の上に優しく横たわらせる。
 風がふわりと舞って、彼の長い髪を踊らせた。
 サリフが怯えた表情を見せると、彼は力強く微笑む。
 「私は—大丈夫だから」
 衿を開き、腰帯を解き、サリフの肌に触れる手はやはり優しかった。
 緊張も怯えも夫の時より格段に強いのに、夫や夫の弟から感じたおぞましさは微塵もない。
 彼が触れた肌に銀の鱗が走り、身体中が柔らかい熱を発している。幼さの残る彼女の蕾の固さは、徐々に彼の手に寄って熟れ始め、熱を帯び、蜜を溢れさせ始めた。
 見上げれば、サリフの上で端正な顔が汗を滲ませ、何かを堪える様に眉根を寄せている。膝を割られ、彼と身体を繋げた時に、感じたのは、痛みとどうしようもないほどのいとおしさだった。
 破瓜の痛みと共に、胸の内を駆け巡る、心臓を絞られる様な痛み。けれど、それは決して不快ではなく、信じられぬ程の歓喜を伴って、サリフの内を満たす。
 例え同情でもいい。
 このひとが、気まぐれに私を抱いたのでも構わない。
 彼に会って、サリフは生まれて初めて生きている事の喜びを知ったのだった。

 

 森へ連れて行くと言われた。
 「森?」
 彼は答えない。
 元々寡黙な青年で、彼から言葉を引き出すのは常に至難の技だ。もっともサリフに否やがある筈もなく、数日馬に揺られる事となった。
 旅の途中の馬上で、彼がぽつりと呟く。
 「優しい樹々がいる」
 「樹が…優しいんですか?」
益々もって解らない。
 しかし、それだけ言うと彼はまた沈黙してしまった。人慣れぬ自分が言うのも何だが、どうやら彼は少し変わったおひとらしい。もっともそれがサリフの気持ちを損なう事は全くなかったが。

 森に行くと言っていたのに、なぜか荒地に立つ城へ入る。
 勝手に入ってよいのかと案じたが、城の者は慌てて平伏し「お帰りなさいませ、城主様」と挨拶した。
 「城主様、だったんですか?」
 サリフは呆然として、城の者達に好奇の目を向けられながら後を追いかける。
 「言わなかったか?」
 「聞いてません」
 「私の城だ」
 説明はそれで終りらしい。
 一番奥の玉座の間に着くと、禿頭の武人が破顔して迎えた。
 「申し訳ありません、先触れの使者が今朝方やっと到着したもので」
 「構わん。カグン、サリフだ」
 「初めまして、サリフ殿」
 禿頭の武人は彼の物言いに慣れているのか、何の戸惑いもなく相好を崩す。慌ててサリフも頭を下げた。
 「こっちだ、サリフ」
 腕を優しく引かれ、玉座の後ろに回りこむ。
 「わあ…」
 森があった。
 城の中の筈なのに、どうなっているのだろう。ここが、彼が言う優しい木々達の森なのか。
 「力を—解放してみろ」
 「え?」
 不安に駆られるサリフに、彼は安心させるよう頷いてみせる。
 彼がそう言うのなら、とサリフは覚悟を決めて目を閉じ、身のうちにある風を少しずつ解放し始めた。
 サリフの髪がふわりと舞い、前に突き出した腕の袖口がそよぎ始める。
 湧き起こる風はどんどん強くなり、彼女を中心に小さな竜巻を作り始めた。しかし、暴風になるかと思われた風は、徐々にその勢いを失くし、木々の葉を揺らし、森を駆け抜けて不意にその動きを穏やかに止める。
 まるで、木々に抱かれた風が癒され、大地に染み込んで行くように。
 持てる限りの風を放出したサリフは、軽く肩で息をしながら目を見張った。
 振り返り、些かその長髪を乱した城主をじっと見つめる。
 「森、が—」
 「ああ」
 心地好い充足感がサリフを包み込んだ。まるで、幼い頃、丘を全力疾走した時のように。 彼は知っていたのだ。この森が、サリフを解放してくれる事を。
 忌むべきものと思っていたサリフの力が、その源は清浄なものである事を。

「これで、お前の力が消えてしまったわけではない。しかし、この森が徐々に大地に還すだろう」
 大きな、黒目がちの瞳から透明な雫がこぼれる。
 彼がしてくれたのは、サリフと言う存在の肯定だった。

 

 彼の元に駆け寄り、その胸にしがみつこうとすると、大きな手が彼女を抱き上げ目線の高さを同じにする。
 「ありがとう、チョロ」
 彼の端正な頬に自分の唇を寄せると、サリフは朝咲きの花が綻ぶように屈託のない笑みを浮かべて、愛しい龍の頭を抱きしめた。

 

 END

 
space
 
space
       
space
line
space space space space
 <--TOP PAGE 1・・2・・3・・4・・5   ・・二次二次創作「舞う風のゆくえ」  
 
  space  
line
  space  
  Copyright © kuro-kmd. All Rights Reserved. since 2010.  
  space