屋根裏部屋
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  1・・2・・3・・4・・5   ・・二次二次創作「舞う風のゆくえ」  
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少年は丘を越えて

 生まれた時から鱗があって、親は風のことよりも、これが広がりはせぬかと、いつか全身覆われるのかと、気が気でなくわたしを育てたそうです。だんだん強くなる風は唯一の友でした。
 頼んだ祈祷師はみな口を揃えました。こういうものは、女になれば気が削がれると。それで両親は大急ぎで縁談を整えました。わたしも期待したのです。夫となる人が救いになると。結果は真逆に出ましたが—。
 風が夫を殺して以来、わたしは風を宥めることしかできません。

 

 チョロは、無言で聞いていた。戻ったなりこうして向き合って、生まれてはじめて鎧を重いと感じた。立ち上がって卓を回り、そっとサリフの肩に手を伸ばした。
 樹の皮のような肌に触れて、大丈夫かと問うた人があった。ありのまま受け入れられること、それは無上の安らぎだ。細い肩はチョロの掌に納まって震えている。すぐにそれを放すと、絹を引き上げて衿首を包んだ。
 「お前はここに居ればいい。」
それからため息をひとつ吐き、立ったなり後ろ手に鎧の紐を探った。
 「わたしが。」
 素早く衿を合わせたサリフが、目元を拭って椅子を飛び降りた。連れ帰って家に置いてからというもの、見るからに少女然とした姿で、こうして気を回しては世話を焼く。何度も夫ということばが出るたびに、その姿から違和感があった。
 一番上の紐を解くために、爪先立って震えている。微かに笑って腰を落とし、髪を片手でかき寄せると、珍しくチョロのほうから声をかけた。
 「年は。」
 「十六…」
 革帯を解くと、チョロは自分で鎧を外し、無造作に部屋の隅に置いた。柔らかな上衣と細い袴だけになったチョロは、そのままぐったりと椅子に伸びた。
 「血が付いている。」
サリフの裳を気怠く手で示す。お前も着替えろと促したつもりで、そのまま片手で目元を覆った。

 

 人の気配が消えない。チョロが再び目を開いたとき、細い小さな手が袖の端を握りしめていた。くっきりとした目元が潤んでいる。どれほどこうして立っていたのか、全身に滲んだ人恋しさに、チョロは声に出さずに悪態をついた。
 お前の初めての男になるなぞ、おれはごめんだ—
 袖をつかんだ手を探って、その先の腕を引いた。軽々と胸に抱え込み、自分に乗せるように引きつけると、頭を掴んで唇を重ねていた。
 ゆっくりと離して瞳を覗き込む。そうだ、この瞳だ。チョロはぼんやりと思い返していた。あなたは誰、と問うた。あれ以来、こいつは胸の奥底に居着いている。
 緩んでいた上衣は、ようやく肩先に引っかかっている。指一本で絹が滑り、白銀の鱗が覗いた。いつもきりきりと固く着付けた襟元は、これを気にしてのことか。ぱらりと内紐を解くと、滑らかな絹はそのまま肌を滑り落ちた。
 掌を這わせ、撫で下ろす。触れた掌の形に添って、肌に銀の鱗が浮かんだ。喉元から、胸帯の上を通って腰へ。掌が這った通りに鱗が光り、太い筋になって輝いた。
 まるで異形のものが、外に出ようとしているようだ。チョロは掌で小さな顔を包んだ。異形だろうが、美しい。もう一度引き寄せ、軽く開いた唇を合わせると、ゆっくりと押し開いた。
 どうすればこの娘を救えるのか、チョロにはわからない。
 そもそも救うとは?
 サリフの存在は、あってはならない間違いなのか?
 では自分もまたそのような者だ。そう思うと、チョロの中の樹々がざわめいた。こうして女を胸に住まわせることが、むかしのお前とは違うのだ。言葉にならないざわめきが、内側から胸を揺さぶる。チョロは合わせた唇をいっそう貪るように吸った。
 ようやく間を得て息を吐くと、サリフの髪がさらりと乱れた。床に垂れていた長い髪が、風になびきはじめていた。
 お前を抱くのは命懸けか。
 まとわりつく風に皮肉な思いを向けながら、チョロはゆっくりと身を起こした。小さな身体を抱き取ったまま、軽々と立ち上がる。奥の寝台まで大股に歩くと、そっと横たえてそのまま唇を寄せた。

 

 両手で頬を包み、髪を払って瞳を覗き込む。やがてチョロの目が頷いた。
 「おれは大丈夫だ。」
 そのまま胸を合わせ、首筋に顔を埋めた。
 ざっと風が舞った。夫となるはずだった兄弟を切り刻んだ風が、ふたりの髪を混ぜ合わせて吹き上げた。肌を唇が這うごとにサリフは小さく喘ぎ、銀色に光り、風は渦を巻いてうなりを上げた。
 固い身体を押し開いたとき、荒れ狂う風がいっそう大きく膨らんだ。固く閉じた目尻から一筋の涙が伝う。それが滴った瞬間に、風は地を巻き上げるようなうねりとなって、けもののような咆哮がおこった。
 身体を繋げたまま、チョロはサリフをしっかりと抱き込んで、自らで覆った。蒼い黒髪が舞い上がり、広がって暴れる。さらに身を伏せた拍子に奥へと入り込み、サリフの身体が震えてチョロを締め付けた。同時に一塊の暴風が、悲鳴のような軋みを後に引いて通り過ぎた。
 組み敷いたからだから呻きが漏れた。チョロはそろそろと身を解いて半身を反らした。まっすぐな髪が、サリフの顔を囲むようにさらりと落ちる。そのまま頭を下げ、放心した瞳から涙を吸った。

 お前は大丈夫だ。
 どんな異形の力も、やがて大地の力と溶け合うだろう。

 抱きたいから抱いたのに、それがこいつの風を抑えるのか。確かに、そうかもしれぬ。チョロの脳裏でスジニが囁いた。
 城主が風を封じるのじゃなく、風の女を鎮めるのか—
 もしや太王はそうやって、王の守りに逸るあいつを鎮めているのかもしれぬ—
 照れたように頭を振って、スジニが消えた。
 思いが四方に飛んで、サリフを胸に抱いたチョロは我知らず微笑んでいた。銀色の肌は鎮まり、小さな寝息を立てている。いつの間にかすっかり日が暮れて、薄墨色の闇が迫っていた。
 昨日通った野では、円くえぐれた地の底に、何かが芽吹いていた。風で切り裂かれた男たちの血の上に。明日、それをお前に見せよう。それがお前の風をもっと鎮めるだろう。

 
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