屋根裏部屋
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  1・・2・・3・・4・・5   ・・二次二次創作「舞う風のゆくえ」  
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少年は丘を越えて

 珍しく三将が揃った練兵の帰り道、三騎が揃って城門をくぐるのを、衛兵も行き交う者も、熱い視線で見上げた。いつもならば軽口を叩き合うスジニとチュムチだが、そんな人目を気にしてか、馬上で取り澄まして前を向いている。王宮へ入ろうというときに、スジニの視線を捕まえたチョロがぼそりと呟いた。
 「風を操っていた。」
鞍から滑り下りながら、スジニが呆れ顔でぐるりと目を回してみせた。
 「誰がなんですって?もう少しわかるように—」
思い当たることでもあるのか、そこで言葉を切った。近衛隊を率いるスジニは情報通だ。国内の細かな情報が、あちらこちらの警備隊から寄せられる。チョロの問いは、はたしてそれを期待してのことなのか、スジニは手綱を取ろうとする兵を手ぶりで下がらせ、チョロと並んで厩舎へ歩き出した。
 「なんだ、内密か?」
そう言いながら、自分は聞いてもいいはずだと、チュムチも遅れて従う。
 「風を操るって、誰が?」
聞き返したスジニにチュムチが声を上げる。誰が、何を操るって?
 「チョロ、何か見たの?」
探るようなスジニの言葉に、ようやくチョロから言葉が出たが、それは答ではなく別の問いだった。
 「知ってるのか。」
 「そう遠くない村だけど、風に身を切られた悪党が、道ばたに幾人も転がっていたそうだよ。おかげで大きな強盗団を捕まえたって話。それがもう二件ばかり、似たような話があって、それで覚えてるんだけど。」
チョロは黙り込んだ。いつものことで、スジニも答を迫ったりしない。並んで馬を引きながら、チュムチが無邪気に声を上げた。
 「そういえば野の真ん中で、強い風で身が切れることがあるそうだ。まるでよく研いだ鎌で切られたように、すっぱりとした傷だというな。」
 すっぱり、か。チョロは男たちの傷を思い出していた。なかには血脈が切れたらしい者もいた。首でも切られれば死んでいたろう。
 訝し気に振り向きながら、兵に手綱を渡すと、スジニはそのまま行ってしまった。チョロの口を開かせる努力などしないのだ。チュムチは自ら藁束を取って、ごしごしと馬を拭い始めた。立ち止まったチョロを幾度も兵が窺い、ようやく手綱を受け取って馬を引いて行った。
 今しがた耳に入った話は、いかにも先日目にしたものだ。風はチョロにも迫ったが、目の前で消え、チョロ自身にもまったく怖れはなかった。
 半端な場所に突っ立った鎧姿の長駆はただでさえ人目を引いた。青い鎧と携えた大槍で、みな瞬時に青龍と知る。白い鎧をつけたまま馬を洗うチュムチと、突っ立ったチョロに、通りかかる兵は驚いて交互に頭を下げた。
 「なんだ、まだ続きがあるのか?」
チュムチの問いに、チョロは眉を上げ、それから小さくかぶりを振った。

 

 そういえばこいつにも家があったのだと、改めてチュムチは部屋を眺め回した。王が下賜された家は王宮からは遠いが、小ぶりな樹々に囲まれた落ち着いた住まいだった。いかにも使われていないがらんとした部屋、素っ気ない調度に、主に不慣れな使用人。子が走り回る喧噪の我が家とは大違いだと、チュムチは落ち着かない目線を窓から投げた。
 「おっ、あれがそうなのか。」
 聞こえるわけもないが声を潜め、屈み込んでまじまじと凝視する。視線の先ではサリフが衣を翻し、庭をのんびりと歩いていた。それを覗いてはしゃがみ込むチュムチを、チョロが肘で突いた。
 「何も感じるところはないか。」
 「ああ。」
 ほっそりとした娘の姿態ばかり見ていたチュムチは、煩そうに瞬きをし、辛うじて返事をした。サリフの周りでは自在に風が舞い、その長い髪を先まで撫で付けている。旅の垢を落とし、髪を洗った娘は美しかった。今はどう誂えたのか、高句麗の身なりを整えている。ひとりきりなのに、時折小さな笑い声や嬌声が上がった。
 「風伯とは名ばかりか。」
 「おう。先生の講釈じゃ、白虎とは、大昔はそこらじゅう走り回る風の姿だったらしいが。おれは元々不思議を感じる質じゃない。お前こそどうなんだ。ああいうのに今も何か感じるか。」
 神器を身体の一部として長い間抱いていたせいか、チョロは未だに樹木と強く繋がっていた。自分が少女の風を止めたことを、なんとなく言い出せず、チョロは首を横に振っていた。自分以外のみなが、ただの人間になったことを存分に謳歌している。
 「ああいう力は災いの元なんじゃねえかな。」
 「怪我では済まなくなるか。」
 「ああ、そういう方に働くと困りもんだ。」
チュムチらしからぬ考察に、チョロも浅く頷いた。すでに夫を殺めている。
 「スジニは見たのか。」
 「いや」
 「先生は」
 「いや」
 「大体、こういうことはな、おれより先生に見てもらえ。お前、さては悪いことを聞きたくないんだな。おれが言えるのはな、うん、お前には若すぎて、ちと勿体ないってことだけだ。」

 

 一緒に居ると、感応して互いの気が強く出た。風がまとわりつくし、今も樹々がざわめいている。チョロと同じようにサリフも家の中より外を好み、いつも庭に出ていた。サリフにまとわっていた風が解けて広がり、近づいたチョロの頬をなぶった。
 「チョロは平気?」
幼い声が堅くなって案じている。
 ヒョンゴに会わせはしなかったが、回廊の蔭に引き込んで、チョロは不思議な問いを発した。風を操る者、聞いたことは?
 「風を操る?聞いたことはないが、そういう者もあるかもしれません。」
チョロが未だに樹々を好むことは、もはや王宮では熟れた冗談になっていた。ずっと問いを抱えていたヒョンゴは、ためらいながらも頭を上げた。
 「城主はいまだ樹と通じるんですな?」
頷いたチョロに、コムルの賢者は目を閉じて二度三度と頷き返した。

 太王は天の力を天に返された。しかし、そう割り切れるものではないでしょうな。人の世が進めばきっと薄れていくだろうが、まだまだこの世には不思議な力があるものです。

 
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