屋根裏部屋
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馬に踏まれる

6 太王陛下の侍従・2

 おしのびで出られて、帰るには一体どうされるのかと思ったが、陛下も将軍もただ笑っておられる。
 「見たいなら一緒に来い。」
揶揄うように陛下がおっしゃると、将軍が口を尖らせた。
 「足が直ってから、本式のを見せてやる。今日はちょっと…」
それを無視して、陛下は楽し気だ。
 「急なことで、衛兵をどけていないだろう?侍従殿、太子宮の東側の塀から衛兵を外してくれ。」
 荷馬をとめ、衛兵のところへと走る。ここは死角になっているようで、塀の側に寄ると衛兵は一人しか視界に入らない。何と言ったものか、ともかく向こうを見て参れと追い払うと、添え木の具合がよくなって格段に身軽になった将軍が、陛下と一緒に近づいた。
 「助かった。」
一言を残し、陛下が塀を駆け上がる。あっ、と言う間に上に登り、腹這いになって伸ばした腕に、将軍が飛びついた。するすると引き上げる。
 「助かった。」
今度は将軍が一言を残され、陛下は片腕に将軍を抱くと、すとんと落ちるように中へ消えた。
 なんとまあ。
 脱走歴は長いと。
 もしや太子様の頃から、ここを抜けていらしたのか。
 笑いがこみ上げた。笑いながら、荷馬に駆け戻る。馬をこっそり厩舎に入れながらも笑いが止まらなかった。爺さんにも見せたかった。そうすればきっと、気が晴れるに違いないのに。

 

***

 

 「ただ枕をもってこいとお言い付けになりました。」
 先日は一体どうしたのかと、侍従長は気が気でない様子だった。お叱りにはならなかったと言うと、ため息をついてますます困った顔になっている。 
 「寝間に駆け込むなんてお前くらいなものだ。」
ともかく一度、陛下にお詫びをしろと言う。なんとなく違う気がするが、なぜとも説明できない。そのまま侍従長に連れられて、朝の膳を運ぶことになった。
 陛下はお召し換えの前で、ゆったりと椅子に掛けておられる。将軍は今日も休暇だ。寝間からは何の気配もない。
 「先日は申し訳ございませんでした。」
意を決したように、侍従長が白髪まじりの頭を下げる。陛下は穏やかに返された。なんだ。朝からどうした。
 「この者が、御呼びにならぬのに寝所に伺いまして。」
 「ああ、あれでは呼んだようなものだ。」
くすりと笑って目が合った。
 「先生もそうだが、お前も真直ぐものごとを見るんだな。先に助けるべきはどちらか、仕える者の本質はどうか。あいつは男として扱うことになっているが——女だからな。側近い者は面倒だろうが、お前は面倒をそのまま受け入れるから、あいつもわたしも居心地がいい。」
 先輩が言っていたっけ。将軍は何でも自分でなさるから、それに甘えろ。すべて男としてなさるから、それに合わせていればいいんだと。そんな先輩だって、北の平原での抱擁をあんな風に言っていた。将軍をただ男として扱うなんて、とっくにみんな無理なんだ。
 「侍従はみなそうです。面倒などではありません。お側に従う間に、みな…」
目が合ってお前と言われ、侍従長を押しのけて話し出したが、何といえばいいのか言葉が続かない。陛下の口元には、笑いを堪えたような微笑みが浮かんでいる。
 「まあほどほどに扱ってくれ。」
 ハ、クシュ。
寝間だ。小さなくしゃみの後に、ごく小さな笑いが漏れた。必死に押し込めているらしいそれは、だんだん大きくなって、今でははっきりこちらの部屋に聞こえた。休暇だからと朝寝をしていたら、こうして侍従が押し掛けて、寝間から出にくい話を始めたのだろうか。
いないふりで通すのに失敗し、いかにも将軍ならばまず笑い出すだろう。さっさと退出するのが最善だ。つられて笑ってしまう顔を押さえ付けようと、俯いて膳をいじった。
 「ジンシク、後で、着替える。今日は一日大殿だが、あの長いのはやめよう。軍の話をするからな。」
 大殿は冷える。それでは暖かい胴着をお出ししよう。後で。今はとにかく退出だ。

 

 今までの陛下は、人前で決して朱雀将軍を女扱いされなかった。馬場で馬に踏まれた時、将軍を横抱きにして駆けるように去られるのを、皆口を開けて見送ったのはそういうわけだ。初めてあんなお二人を見たのだ。
 陛下ご自身も、兵の前で将軍を抱きしめて以来、変わられたのかもしれなかった。あいつは女だから、そう仰った。きっとこれからも、変わっていかれるのだろう。わけもなくそう思う。そうしたら睦まじいお姿は、侍従の役得ではなくなるのかもしれないが。それはそれでいいさ。眼福というものだ。みなで分かち合えばいい。
 「お前、やたらと寝間に入るなよ。構うなとの仰せは変わらないんだからな。」
ぼんやりしていると、先輩につつかれる。面倒なのでかわそうとするが、最近は冗談の的になっているので、おいそれと逃げられない。
 「目に毒なものを見すぎておかしくなる前に、嫁を世話してやらねば。」
交代の時間で、四人が集まった侍従部屋はどっと笑いに湧いた。
「陛下に、近衛隊士のだれかとどうかなどと言われて困っています。」
ほお、と声が上がる。
 「いいじゃないか、いい見本があちらにある。」
ジョウン先輩が眼差しで指すのを、みなもう一度笑った。 

 

(了)

 
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