屋根裏部屋
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馬に踏まれる

6 太王陛下の侍従・1

 三度めの道を、今度は三頭で辿る。
 「せっかくの機会なのに、あまり時間がないのが惜しい。遅く出てしまったからな。」
のんびりと陛下がおっしゃるのに、将軍がすかさず茶々を入れる。
 「お忙しいのに、無理をされるからです。王事先生をどうやって撒いたんです?」
 「撒いてなどいないさ。書庫に入って昔の法の調べ物だ。新しく役所をつくることになる。その上に色々言いつけておいたから、みなわたしどころじゃないはずだ。」
 じつに伸び伸びと楽しそうだ。陽が昇っても変わらず道が凍り付いているので、ゆっくりと馬を歩かせるしかない。陛下と将軍の話は尽きることなく、内政から民に流行っている唄まで、外交から契丹料理まで、なんとも話題が広くて面白い。
 「髪を大きく結うのが流行りすぎて、かつらが足りないのだそうです。骸から髪を盗むのが流行っているそうですよ。」
 「お前も死人の髪を巻いて結ってみるか。」
 「いやあ、考えただけでも気味が悪いです。だいたい、あんなふうに結っては、戸口につっかえてしまうんじゃないかな。それで家を建て直せば大工が儲かる。」
あははは。
 …しまった。つい。
 「申し訳ありません。この先です。」
必死に居ずまいを正したが、ぷっと吹き出す音が伝わる。ああもう、しまった。きまりの悪さが沸騰しそうになったとき、あばら屋についた。荷馬を戸口へ引いていく。陛下が将軍を抱き降ろした。
 「先生!」
声をかけるが返事がない。狭い家だ。コムル人がふたり、顔を上げた。
 「外におられるはずだ。—!」
近づいたコムル人は、私の背後を凝視して固まった。そりゃあ誰だって驚く。なぜかこういうことになってしまったんだよ。固まった耳元に、小声で呟いた。
 怪我人は、朝と同じ場所に寝かされていた。一台だけ残された荷車から、藁がこぼれて点々と中へ運ばれた跡がある。隅に敷き詰めた藁の中で、女と男の子が丸くなって眠っていた。脚を折った男の家族だ。怪我人を順に目で追って、嫌な予感がした。ひとり足りない。
 中を覗き込むおふたりに、コムル人が何やら説明をはじめた。ぼんやりとした灰色の姿が歩いてくる。朝と同じく樹の下で立ち止まった。中空を見つめ、顎を上げた姿は、冬景色にとけ込んですぐには気がつかない。
 こうやって賢者が野に紛れている。わけもなくそんなことを考える。
 「なんだ、またお前か。」
 「頼まれたものを持ってきた。それから、患者だ。」
 「ああ?今日はもういいわい。骨のことなぞ今日はもう…やらん。」
遠く泳がせた視線が定まると、小さな瞳が見開かれた。おいおい、侍従、なんてこった。

 

 家の中は暗く、怪我人が床を塞いでいる。入口に粗末な箱を置いて将軍を座らせると、フウ先生は手早く添え木をほどいていった。積み荷を降ろすと、干し肉の包みの横で、少年がじっと立っている。陛下がうんと頷かれ、私は大きな切れ端を渡してやった。
 コムル人が凝視する中、先生は途中まで革紐を解き、甲をぴったり押さえ付けた。それから、折れた箇所から少し離して締めた。折れたところはもうひとつ外側で締めないと痛むぞ。コムル人の一人が書き付ける。
 「痛みはありませんかな?」
将軍がにこりと笑う。爺も笑みを返し、そのまま手早く巻いていった。この間の何倍も速い。今日の忙しさで、爺なりに気が立っているのだ。あるいは—。
 「まさかこのようなところに陛下がいらっしゃるとは」
もぐもぐと滑舌が悪い。きまり悪そうに、爺が手を揉み合わせた。
 「忙しいところを悪いと思ったが、ぜひこの目で見たくてな。こいつもどうしても行きたいと言うし。」
 「あの者らが今日の雪崩で?」
 「いちばん貧しい者らが住むあたりです。家といってもこれよりもっとひどい。岩など転がり込めば、ぺしゃんこでしょうな。」
 陛下が立ち上がり、そっと怪我人の間を歩かれた。みな身体のどこかしらをまっすぐに固定され、ぐったりと眠ったように動かない。
 「あなたは人の命を救える人だ。先生の仕事を助けたい。ひいては、もっとたくさんの民を助けたい。これと同じようなことは、あちらこちらで起こる。どうか断らないでくれ。」
 「たしかに、助かるもののほうが多い。骨接ぎはそれがいい。」
陛下の顔がぱっと輝いた。爺の声が続く。
 「救えず死ぬ者もおりますがなあ。」
 「—やはりあいつはだめだったのか。」
自分の一言で、陛下の顔が不審気に曇ってしまった。それでもこれは、どうしても聞いておきたかったのだ。人が死ぬのは大嫌いだ。そう言っていた先生がしょんぼりと頷く。
 「あばらが折れて、肺臓に刺さった者が来ましてな。自分に刺されて死ぬとは、不幸な死に方もあるもんだ。」
 家族は。将軍の問いかけに、先生は首を横に振った。誰もついてこなかった。今、そちらの樹の下に寝かせております。
 「凍りはじめているが、まだ穴は掘れるな。」
陛下のお言葉に、これも何かの縁だと墓穴掘りを覚悟した時、爺の低い声がした。
 「陛下、民にとってはいい仕事です。手間賃をやって掘らせますので。」
 「ああ。そうか。そうだな。御仁には教えられてばかりだ。」
爺が頭を下げ、やがて膝をついた。
 「すべて、陛下に従います。ありがとうぞんじます。」

 
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