屋根裏部屋
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馬に踏まれる

5 骨接ぎの心得・3

 結局、爺は来なかった。あばらが折れて肺臓に刺さったらしい男を、なんとかしようとあれこれ手を尽くしていたのだ。大岩に胸をつぶされた男には付き添う者もなく、ただ血の泡を吹きながら浅く息をしていた。
 陛下と将軍の前で顔も上げられないまま、骨接ぎを連れていない理由を長々と説明しているのは、そんな姿にほだされた所為だ。
 「それにしても興味深い御仁だな。」
 空振りで戻った自分を一切責めず、むしろ陛下は何か面白がるように始終笑みを浮かべておられる。恐々としていたのが拍子抜けしたようになり、思わず顔を上げて目が合ってしまった。
 「先生は現役だ。知識をまとめろなどと、無理を言ってしまった。まずは伝授して頂かねば。ふたりはすっかり弟子になっているんだな?」
 「さようです。」
また慌てて目を伏せた。骨接ぎ先生の粗末な小屋が目に浮かぶ。夜明けに出たというのに。脚がねじ曲がった農夫と、がたがたの荷車を引く女。皮を突き破った骨。あの場ではそれを救うのが当たり前と思い、今こうして陛下の前に立つと、結局御命に従っていない自分が不忠義でいたたまれない。全く自分は腰の据わらない馬鹿者だ。
 「先生とお前がした通り、重傷者が先だ。それでいい。それで何が入り用だ?」
 「炭と布、なめした革を所望しております。」
 胸の内に答えてくださるような言葉が沁みた。それでいいと陛下に言われると、妙に安心してしまう。朱雀将軍が立ち上がった。
 「ではわたしが持って行こう。入り用なものを届けがてら診て貰う。顔も働きぶりも見たいことだし。」
からりと言うと、具合を確かめるように杖をついた。
 「おい、また泣くことになるぞ。馬車にするのか。」
 「馬車!?鞍に座れば後はどうにでもします。ジンシク、乗るのに手を貸せ。」
馬車と聞いて、きろりと横目で睨めつけた。そんなものに乗れるかといわんばかりだ。は、と短く答え、そっと陛下を見る。本当に、行かれてよろしいのか?諦めたような、それをまた面白がるような、吹き出すのを堪えたようなお顔だ。
 「そうか、ではわたしも行こう。麦と塩、それに干し肉も出してやれ。」
えっ。将軍と同時に絶句した。
 「王様、お忙しいんですから、わたしひとりで行ってきます。」
 「抜けられぬことはない。ちょっと待っていろ、出られるようにしてくるから。ジンシク、戻ったら着替える。」
 ますます事態が大がかりになってしまった。先生を呼びに行けば来ないし、引き換えに物をよこせと言われて伝えにくれば、おふたり揃って届けるとおっしゃる。まったくどうすればいいんだ。大股に去られる後ろ姿を呆然と見送っていると、将軍が吹き出した。
 「やっぱりこうなると思った。いつだって自分が行きたくて、うずうずされてるんだから。荷を用意しなさい。足りなければまたすぐ送るから、まずは荷馬一頭に積めるだけでいい。それから。」
言葉を止めて、悪戯っぽく光る眼がこちらを見てくすくすと笑った。
 「大がかりになると、すぐには出られない。おしのびだ。」

 

 まるで悪事に加担するようだ。着替えるとおっしゃったものの、当の着替えは自分の与り知らぬところから取り出された衣類だった。地味な黒っぽい織物の上下に、黒い革の上衣だ。笄を抜いて冠を外すと、器用に結髪を解かれる。お手伝いすることもあまりなく、まじまじと見てしまい、お声がかかった。
 「なんだ。」
 「いえ、その、手慣れていらっしゃいますので。」
はは、そうだな。脱走歴は長いぞ。楽し気におっしゃると、冠を無造作に枕の間に埋められた。そうか、あそこにあったら城外へお出かけなのか。詰まらぬことを記憶しながら、脱ぎ捨てられた衣を手早く仕舞う。
 将軍も、同じような地味な拵えで太子宮から戻られた。自分だけがいつもの身なりで、妙に落ち着かない。
 指示通り、先に王宮を出て荷馬に乗り、二頭の馬を後ろに引く。当然、おふたりの愛馬は使えない。城門の手前の堀端に留ると、あたりを見回した。堀の水は凍り、真っ白に雪が固まっている。行き交う民は背を丸め、そんな人影もまばらだ。こんな日は、みな竃の下から煙を引いて、床にべったりくっついているに違いなかった。
 ガラガラと荷馬車が通る。避けようと馬を寄せると、声がかかった。
 「侍従の旦那、お供します。」
藁くずがついた将軍が笑っている。その肩を抱きかかえ、陛下が荷台を降りた。御者に駄賃を渡すと、そのまま楽しそうに馬に飛び乗られた。
 「こいつを乗せてやってくれ。わたしではダメだそうだ。」
 ダメ?いそいで馬を降りる。こう、手を組め。将軍のなさる通りに手を組む。もう少し下げろ。もっと、もっと。屈み込んだ掌に、軍靴の先が乗った。
合点がいって、そのまま持ち上げるとふわりと鞍をまたぐ。本当に軽い方だ。
 …いたっ…
ぎくりとして見上げると、かすかに潤んだ瞳があった。
 「な、陛下を踏んづけるのは嫌なんだ。さっさと行くぞ。」
 「もう少し丁寧な口を聞け。侍従殿のおかげで城門を出入りできるんだから。」
おふたりを従えて、落ち着かないことこのうえない。何度も振り返っては叱られる。真直ぐ!ちゃんとついて行くから前だけ見ておれ。

 
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