屋根裏部屋
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馬に踏まれる

5 骨接ぎの心得・2

 満遍なく薄膜を張ったような雲に覆われて、太陽が鈍色に透けていた。戸口から振り返ると屋内は真っ暗で、貧しい民の垢じみた臭いがする。
 「将軍の添え木を調節してほしいので迎えにきたんだ。あの者らは来る途中で一緒になった。どこが雪崩れたのかは聞いてないが、雪ではなく大きな岩で、家が四、五軒以上つぶれたと子どもが言っていた。」
先生は目を眇めて聞いていたが、そのまま入口に寝かされた男に向かって屈み込んだ。ここにも人が居たのか。踏みつけてしまうところだ。抱え上げようかとしゃがみ込んだが、先生が止めた。
 「おい、息をすると痛むか」
男は胸を抑えて呻きながら、こくこくと頷く。しゃがみ込んで肉の薄い胸を探り、口の端に溜まった血の泡を見て、先生の顔がわずかに顰められた。
 「あばらが二本折れとる。これはただつながるのを待つしかできん。動かすと辛いからな。このまま少し横になっておれ。」
 男の側を抜けて、外に出て行くのに従った。何枚も衣を重ね、膨らんだ体がとぼとぼと歩を運ぶ。あれは死ぬかもしれんな。不意に呟いて足が止まった。
 「えっ、あばらが折れて死ぬものか。」
 「血を吐いておったろう。肺臓に骨が刺さっとる。」
呆然とした。そういうこともあるのか。喧嘩や落馬で、あばらを折るものはたくさん居る。たしかに、内側に刺さればどうしようもない。いきなり巻き込まれた騒ぎでとうとう死人が出そうだ。腕やら脚やら、大岩に薙ぎ倒された人々をあっという間に四人直し、ひとりには死を予告し、爺は雪を被った樹の下につくねんと立っている。
 「まるで戦だな。こんなことはよくあるのか。」
 「よくあってたまるか。普段は静かなもんだ。わしは家の業のまま医術をやったが、人が死ぬのが大嫌いでな。流行病なんぞに比べてみろ、骨を接いでくれと来るやつはあまり死なんものだ。」
それでもあいつはどうかなと、心底嫌そうに首を振り、寒さに凍える手をすり合わせた。
 「王城には炭がたくさんあろうな?ちっと融通しろ。」
いきなりの無心に、開いた口が塞がらない。
 「褒美を頂いたんじゃないのか。」
 「あれはあれ、これはこれだ。そうだな、炭と布、なめした革もくれたら、お前の別嬪さんの添え木を直すよ。」
おい、と言いかけて、ようやく思い至ってはっとした。あの者らに入り用なのか。
 あばら屋には五人が横たわり、荷車を引いてきた者らが座り込んで足の踏み場もない。コムル人は、乱暴に片寄せられた骨やら書きつけを見て、ため息をついていた。
 「まさか骨がつくまで面倒をみるのか?」
 「そんなわけなかろう。普段は骨を接いで、礼を貰ってさようならだ。ただここまでひどいのは、いちんち二日は見てやらにゃならん。すぐ戻ってくることがあるからな。」
 「戻ってくる?」
 「血脈や筋が一緒に切れた時に多いが、色が変わり腐り始める。そうしたら切り落とさんとな。」
 「き…」
絶句したこちらを、小さな目がぎろりと見た。戦で斬るのとはわけが違う。助けようとする相手に刃物を当て、狙い通りに切るとは、つくづく恐ろしい。
 「切り落としても死ぬときは死ぬが、どうせ全身が腐れば命はない。お前だって脚一本なくしても生きていたいだろう。」
 「そ、それはわからん。お役にたてないのならば生きていても仕方がないかもしれん。」
ひひひと発せられた例の笑いに、うっすらと揶揄が混じったように感じたのは気のせいか。
 「若い武人は威勢がいいのう。将軍にお仕えできなきゃ死んだも同じか。」
 「あのな、そもそもおれは太王陛下の侍従なんだ。」
 「じゃあ将軍付きはただの幸運か。」
またぞろ揶揄いの種にされている。将軍付き?思わずため息がもれ、それがますます爺を喜ばせた。
 「ああもう煩いな。そうとも、お二人ともに惚れ込んでる。陛下と同じように接しろと言われて、そうしてる。」
 「さあて。陛下と同じように惚れ込んでいるが、将軍は女人だ。実際そうなんだから仕方がない。あの通りの別嬪様だ、きれいなものをうっとり眺めるのも、そうなんだから仕方がない。お前は若い男なんだから、将軍のそばでうっとり御用をしておれ。それが天然自然だ。」
 うう。爺め。
 「な、炭と布、それから革をよこせよ。革で巻いてやれば、血の通りがもっとよくなる。」
 「おれのような下っ端は、物資を勝手にいじることなどできん。」
そこではたと閃いた。ようやく光明がさした気がした。
 「陛下にお願いすればいい。民を助けるのだから、きっと聞き届けてくださる。」
爺の目が細くなり、横目をこちらに流した。ふうん?諾とも否ともつかない音を出し、黙っている。
 「だから宮殿に来てくれよ。陛下に物資をお願いして、将軍の添え木も直せるじゃないか。中で動いて痛みがあるそうだから。」
 「腫れが引いたな。めでたし、めでたしだ。しかしあの者らを置いて出かけるわけにはいかん。」
 一筋縄ではいかない爺だ。手を揉み合わせながら丸めた灰色の背に、声には出さず悪態をついた。

 
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