屋根裏部屋
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馬に踏まれる

5 骨接ぎの心得・1

 いっそう冷え込んだ空気が肌を刺した。夜の間に新しい雪が重なり、いったん陽射しで緩んだ雪をばりばりと締めていた。
 まるで氷だ。馬がいやがるだろうが仕方がない。あまり早く着いても迷惑かもしれないが、なに、年寄りはきっと早起きだ。なるべく早くフウ先生を連れて戻ろう。
 将軍は今日から三日間の休暇だ。明け方に動きがないのは初めてで、寝間が静まり返っているのは妙なかんじがした。先輩ともども、なんだか手持ち無沙汰で間が持たず、早々に出てきたのでもあった。自分が配属されてから、休暇をとられていないということだ。そうでなければ戦に出ておられる。何とも大変なものだ。

 

 骨接ぎ先生は、将軍に添え木をつけた後、そそくさとあばら屋へ戻ってしまっていた。それを追うように、コムル人が二人差し向けられている。少しは片付いただろうか。なにしろあれではまるで荒らされた墓場だ。鞍に据えた尻から寒気が上がって、思わずぶるっと背筋が震えた。
 まだ薄暗い明け方、滑らないように馬を歩かせるので、なかなか捗がいかない。ようやく、先日迷って立ち止まったあたりに来た。山陰へと続く道は暗く静まり返っている。路面はどんな様子なのか、一旦馬を下りて見に行くかと思ったそのとき。

 あぶない!どいて、どいておくれ!

 荷車が、音もなく近づいていた。大慌てで道を譲ると、馬ではなくて人だ。凍りついた道を危なっかしく滑るので、間近でようやく車輪の軋む音がする。ありったけの衣を巻き付けたような女。真っ赤な頬の男の子が一人、泣きそうな顔で従っている。鉄を巻かない車輪が雪に隠された石に乗り上げ、大きく傾いて止まった。荷車の藁くずが呻いた。
 「アボジ!」
 藁の中から汚れた顔が覗き、苦痛に歪んでいる。この道の先には骨接ぎしかいない。
 「怪我人か?」
 馬から飛び降りて荷車を押してやる。ようやく動き出すと、今度はちょっとした傾斜を拾って滑り出した。馬がついてくるのを確かめると、急いで荷車の前に回りながら男に目をやった。
 奇妙な向きにねじ曲がった足が見える。人の身体はこんなふうには曲がらない。思わずぞっとして女に叫んだ。
 「どうした、何があった!」
 「雪が崩れたと思ったら、四、五軒はつぶれてしまった。それが雪じゃなく大きな岩で、あっという間に下敷きになって。」
 「もっとだよ!家がもっと、つぶれたんだ。」
男の子が叫ぶ。鼻水と涙でひどい顔だ。
女に代わって荷車を引き始めると、すぐに別のが追いついた。すごい勢いで男が走ってくる。これじゃあ新しい怪我人が出るかもしれない。
 あっという間に四台の荷車が団子になった。速度を落とすことも上げることもできず、そのまま固まって雪道を走り抜けた。

 

 戦場に行ったとはいえ、戦は一種の興奮状態で、こんな風に怪我人をつぶさに眺めたりはしない。折れた腕の骨が、皮を突き破っている。人の体というのはこんな風になってしまうのか。なんだか身体が重くなり、目の前に暗い紗がかかった。
 「ジンシク!ここを持ってろ!」
 はっとして顔を上げた。男は白目を剥いて気を失っている。それを幸いと、骨接ぎ先生は躊躇なく折れた腕を引っ張った。骨を真直ぐ突き合わせるようにして傷の中に収め、覗き込むようにしたと思ったら、指を突っ込んでいる。だめだ、また目の前が暗くなる。
 「馬鹿、力を抜くな!」
コムル人が太く割いた竹を当てる。きつく布を巻きながら、先生は巧みに傷口をよけた。
 「傷に関してはお前さんらの方が詳しいからな。膿まないようにしてやってくれ。おい、次だ。」
今度は大きく脚が曲がった男のところに向かった。荷車を押してやった、あの男だ。
 「でかい骨が折れてるからな、ちいと大変だ。だがな、腰ではなくて運が良かったぞ。安心しろ、こうして奇麗に折れてるのはちゃんとつく。」
 きれいに折れている、というのがよくわからないが、ともあれまた言われるままに、言われた箇所を押さえ込んだ。男の女房とおぼしき女も、子どもも一緒になって男を押さえ付ける。コムル人と先生が、一緒に片足を抱え込んで引いた。
 きああああああっ
 長く尾を引く絶叫。
ひととは思えぬ叫びに、少年が泣き喚いた。ようやく学んだのは、骨を接ぐのに、かならず一度はひどい目に合わねばならぬということだ。馬鹿者、おやじは治る。子どもに構いながら、爺さんの手は休まない。添え木ではなく板が用意され、挟んだ上からしっかりと縛り付けた。気を失った男の脚に、見よう見まねで渡された布を巻く。緩んではいかん、びしっと止めろ。そう言われても、今度は血が止まるのではないかと気が気ではない。
 「きついくらいにしておいてな、色が変わらないかしばらく見ておれ。そのうち締め具合がわかる。」
 先生は慌ただしく立ち上がると、入口の方を窺った。
 「どこが雪崩れた?お前もいたのか。」
 言われてようやく我に返った。おい!いつの間にか、陽が高々と昇っているじゃないか!

 
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