屋根裏部屋
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馬に踏まれる

4 侍従の心得・2

 目を疑った。執務室の入口に突然現れたのは、朱雀将軍をおぶった青龍将軍だった。
 陛下の寵妃が、あの弓の使い手が、子どものように背負われている。不機嫌そうに杖で拍子をとりながら、片腕で青龍将軍の肩に掴まっていた。
 二人とも鎧姿だ。今日の朱雀将軍は、近衛隊の閲兵の後、騎馬隊で装備を点検するはずだった。あれから三日、杖にもすっかり慣れた様子で歩き回っている。翌日などはさすがに痛そうだったが、すぐに平気になったらしい。骨接ぎ先生の言った通りだった。
 それが背負われて帰ってきた。何か異変が起こったのか?
青龍将軍はのっそりと部屋に入り込み、陛下の机に憮然として寄り添った。
 「出来のいい靴のせいで、調子に乗って動き回ります。馬の側では危なくてしょうがない。」
 「それでわざわざ返しに来たのか。」
笑いを堪えても息が漏れる。むっつりとふくれた背の朱雀将軍を見やって、とうとう笑い声が上がった。
 「怪我人だと思い知らせてくれたわけだな。礼を言う。」
少しだけ眉を上げると、青龍将軍は陛下の机に背を向けた。軽く屈んで朱雀将軍の尻が執務机に着くと、肩に回した腕を外した。じろりと投げた一瞥は、かすかに口の端が上がり、してやったりとも見える。青龍将軍はそのまま行ってしまった。
 書面を尻に敷いたまま、朱雀将軍はふて腐れている。そういえば、今朝の近衛隊の訓示もなかなか自虐的だったらしい。
 みな、馬に踏まれぬように。末代までねちねちと語られるからな。遊牧の民などを友人を持つ者は、特に気をつけろ。

 

 「青龍に捕まっては仕方がない。諦めろ。」
机からするりと降りて、将軍が苛々と杖をついた。笑いを堪えたコムル人を睨む。
 「まるで叱られた子どもだな。」
 「チョロですから何でもありです。あやうく肩に担がれるところでした。ここに連れてくるというのは、陛下からお説教をもらえということですか。」
俯いた陛下の肩がますます揺れた。
 「休暇でもとって、大人しくしていろ。ああ、明後日から会議だ。初日はフッケ老とタルグが来るな。」
 将軍の眉がぴくりと上がった。将軍にとってチョルロ部族は、実家同然だと聞く。名だたる遊牧民の長老である老フッケは大戦で膝を割られ、今では一線を退いている。将軍がアボジと呼ぶ方だ。
 「フッケと並んで杖をついて歩くか。」
 「そういう冗談はご免です」
意地悪な陛下の口調に、将軍はすっかりヘソを曲げてしまった。
 「シウの騎兵は大喜びです。チュムチのやつが言いふらしてる。」
 「フウ先生に、フッケの膝を見せたかったな。今更言っても詮無いことだが。」
 苛々と遊んでいた杖の先が止まり、将軍はひっそりと笑みを浮かべた。
 「とりあえず三日休みます。」
それだけ言うと、杖をついて出て行く。お付きするべきか?そっと陛下を見ると、笑ったまま行けと顎を上げられた。私は立ち上がって将軍を追った。

 

***

 

 「いた————————っ!」
 つい我を忘れて駆け込んだ。夜着になられた後、寝間には立ち入らないのが暗黙の了解だ。それでも痛々しい声に、立ちすくむ先輩方を飛び越えてしまった。
 広々とした寝台に腰を掛け、白い絹をまとった陛下が笑っていた。寝台の中央には、朱雀将軍がぐったりと伸びている。冬の寝具でよかった。夏には絶対に入るまい。ただ入ってしまったものは仕方がない。そちらを見ないようにして頭を下げた。
 「明日の朝一番で、フウ先生を呼んでくれ。添え木を締めてもらいたいと。だいぶ腫れが引いたようだ。中で足が動くと痛むらしい。」
 「わかりました。」
 寝間に入るなとはっきり禁じられたわけではなく、やんわりと、以後は構うなとおっしゃったそうだ。それにお応えして自然にできた決まり事を破ったのは、おそらく自分くらいなものだろう。
 お叱りがあるかとどぎまぎしたが何も言われない。下がり際、陛下の声がとんだ。
 「それから、枕をもうふたつ持って来てくれ。」

 

 チョロだから何でもありです。そう仰っていたよなあ。
 予備の枕は少し埃っぽかったが、はたくとそれでもポンポンと乾いた音がした。結局なにも咎められなかった。そりゃあ青龍将軍は特別だろうが、ジンシクだからまあいいか。そういって気を許して頂ければ、こんなに嬉しいことはないんだが。
 チョロだから何でもあり。ジンシクだからまあいいか。
 だいぶ差があるが仕方がない。
 惚れ込んでる、か。確かにそうだ。ほかに何といえばいいのかよくわからない。お仕えするのに、邪心があると思われてはなんとも情けなく恥ずかしいが、これは邪心とも違う。たぶん、きっと、違う。
 枕をふたつ。もう一度寝間に行くということか。平常心だ。侍従。

 

***

 

 太王は、竹と革で巧妙に包まれた足先を、そっと枕に乗せた。
 「ほんとうに、動かなければ痛まないのか?」
衣擦れの音と、くすくす笑いが答えた。
 「さっきはジンシクが?」
 「ああ。お前の悲鳴でとんできた。」
 悲鳴だなんて大げさ…な…
 そこで声が途切れた。
 ゆっくり動いてやろう。
 でないとまた、お前の忠実な侍従がとんでくる。

 
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