屋根裏部屋
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馬に踏まれる

3 骨接ぎ先生・2

 いかにも辺鄙な山里だが、国内城のこんな近くに住んでいて、朱雀将軍を知らない者もいるのか。
 「太王陛下のご寵愛深い、無敵の朱雀将軍を知らんのか。」
ご寵愛。骨接ぎがひひ、と笑う。この男、言葉は割に丁寧だが、先ほどから、どうにも笑い声が奇妙で耳につく。
 「それでわざわざ来たわけか。そりゃあ陛下もさぞご心配だろう。きれいな女人か。」
 「それは美しいさ。瞳は虹をふくようで、華奢な腰がこう、細くて、脚はすんなりしなやかで。鎧を着けた姿は戦の女神だ。長い黒髪は腰までまっすぐ。それをふり乱して馬で駆ける。まるで弓の化身、敵は皆殺しだ。」
 骨接ぎがまた笑った。
 「いやまて、そうか、聞き覚えがあるぞ。千里を駆け、万軍を射る。」
その後に小声でにやりとつけ加えた。抱くとその血が炎のように熱いそうだ。
 頭に血が上った。だ、抱くだと?
 「し、し、失礼なことを言うな。」
 「そう怒るな。民の間の戯言だ。高句麗太王の寵妃、なるほどな。こりゃあたいへんなお客さんだ。王城には医術に長けた者がいるだろう。」
そこで医術者たちが語ったことを告げた。骨がつながった後、鐙を踏みしめる足に不自由が残ることは許さんと、太王陛下がきっぱり仰ったことも。
 「王宮の医術者たちは、足の細かなところまではやったことがないそうだ。」
 そう聞いて、骨接ぎ先生はとたんに術者らしくなった。
 やり方がまずければ、痛みが残ることはある。足の親指につながる骨は、体の重さを支えておるからな。ここを踏みしめて痛いようでは不自由だろうさ。おまけに骨の継ぎ目に瘤でもできれば、兵隊は靴に擦れて肌が破れる。そこまでやれる者がないから、みな我慢しておるだけだ。
 「それは身軽な方で、重さというのがないような動きをなさる。痛みが残ればいかにもお気の毒だ。」
 「それ以上にあれだ、美しいおみ足に、瘤が出来たり曲がったりするのは忍びないからな。兵士ならせいぜい、板にくくりつけてほっとくところだ。」
なるほど、それでこそ腑に落ちる。大切なもののように、足先を膝に載せておられた。たとえ戦場でどれほどのことをされても、将軍にひとつの傷もつけたくないと、陛下はお思いに違いない。
 立ち上がった骨接ぎが、あれこれ取り出しては袋に投げ込み始めた。ようやく来る気になってくれたようだ。こちらも腰を浮かしたが、ほいと鉈を渡されて出端を挫かれた。
 「この竹を半分に割ってくれ。」
はぁ?急に何を言うのやら。急いでいるというのに—
 「そうしたらまた半分に割る。」
鉈はよく研がれ、乾いた竹は気持ちよくぽんと割れる。なんでおれはこんなことをしているんだ。太い竹を言われるままに半分に割っていき、ついに一寸ほどの幅になった。
 「端を奇麗にしておけよ。ささくれを取るんだ。」
小刀の刃を立ててしごく。ついでに表裏とも節を奇麗に削れという。さすがに手が止まった。
 「おい、急いでいるんだ、篭なんぞ編んでる暇はない。」
ぎろりと睨む。篭だと、馬鹿者。ぶつぶつと呟いて割った竹を取り上げ、仕事の出来を確かめた。
 「案外器用なやつだ。これはお前の大事な将軍様の添え木にするんだ。ささくれが刺さってもいいなら好きにせい。それから節が残っていると、もし腫れに当たれば痛むぞ。」
なんと。ならばそうと言ってくれよ。並んで節を削り始めた老人の手元を覗き込む。節くれ立った手指が小刀を抱え込み、実に器用に操っていた。立てた膝も手首もごりごりと関節が大きく、小柄なのに骨張った体つきだ。いかにもお前様は骨に詳しそうだよ。腹の中で言いながら、真似て節を削りはじめた
 「たんまり褒美をもらって、やったことのない骨接ぎができる。そういう細かいことは誰も頼んでこんのだ。死ぬわけではないからな。」
なるほど、そういうものか。老人は手早く竹を仕上げると、袋に突っ込んで口を締め上げた。こちらも追っかけ立ち上がり、渡された袋を背負う。
 荷を馬に括り付け、上着を羽織った老人を鞍に乗せる。袋でも被ったようで、ますます妙な身なりだ。それを背後に乗せて、ようやく来た道を戻り始めた。

 

 「お前は太王陛下の侍従か。まだ若いな。」
 「新米なんだ。」
 「お前、馬に踏まれた将軍に惚れておるのか。」
なに!?おい、なんてこと言うんだ。仮にも太王陛下の寵妃だぞ!思いのほか慌ててげほげほとむせ込んでしまい、それを親切めかしてとんとん叩きながら、爺さんが笑っている。
 「はっはあ、図星か。先ほどから聞いておれば、言葉を尽くして礼賛するから。どれ、会うのが楽しみになってきた。」
 「図星だとか言うな!それにわたしが言ったことは黙っていろよ、先生!」
 まったくなんて失礼なことを言うんだ。お二人を目にしたら、そんな戯言は消え失せるに決まってる。この馬鹿者。
 急いで戻らねばならなかった。全てを頭から追い出して、なるたけ早くこの変な骨接ぎを、王宮に放り込まねば。

 
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