屋根裏部屋
space
space
 <--TOP PAGE 馬に踏まれる <- Back   Next ->  
space space space space
line
space space space space
  1・・2-1・・2-2・・3-1・・3-2・・3-3・・4-1・・4-2・・5-1・・5-2・・5-3・・6-1・・6-2(了)  
space space space
馬に踏まれる

3 骨接ぎ先生・1

 困ったことだ。どうしてこんなことになるんだ。どう悔やんでも、辺りは一面の雪野原だ。教えられた通りの道を順調に飛ばしてきたが、行き交う者が途絶えると、道が途切れて心許ない。
 陛下は将軍に付いたままお待ちになるとおっしゃった。考えただけで気が急く。医術者たちは、自分たちには腫れが引くまで何も出来ないという。しかしあるいはその者なら、早々に打つ手があるかもしれない。
 ぴったりと寄り添ったまま動かれない陛下に、将軍は何度も執務に行かれるようにと懇願した。
 「皆が困りますよ。内官や書記に恨まれたくありません。居てくださっても痛いのは同じなんだから」
 「同じなのか」
医術者たちは前室に下がり、揶揄うような声色を聞いたのは、自分だけだった。ふうん。その後、含み笑いに混じった囁きはさずがに聞き取れず、頭を下げたまま辞する途中に将軍の声が降ってきた。ジンシク、頼んだ。
 —よく見れば、はるか彼方に煙が上がっている。回りこんだ向こうの山陰に、誰か住んでいそうだ。よもや本人ではないかと、がぜん張り切って鞭をあてた。

 

 小さなあばら屋だった。雪の重みで家鳴りがしていそうだ。
 「誰かいませんか!」
馬を引いて呼ばわると、本当にみしりと家が揺れて雪が落ちた。
 「大声を出すな。家が潰れる。それとも誰か、骨でも折れたか?」
思わず天を仰いでため息が出た。当たりだ。これは幸先がいいぞ。
 「左様、その通り、怪我人だ。ぜひ一緒に来てもらいたい。」
一緒に来てとは。老人が全身を現し、怪訝そうにぎろぎろと視線を投げてきた。
 なんとまあ、変わった風体だ。関節がぐりぐりと突き出た手を腰にあてた中肉中背。白髪まじりの髪をぴったりと撫でつけて結わえている。幾重にも重ねた衣は得体の知れない灰色。全体にうすぼんやりと輪郭がないような姿だが、眼光だけは鋭い。ちんまりとした鷲鼻の横でこれも小さな双眸が光っている。
 「連れてきたんじゃあないのか。」
 「いや、それがその—王宮の方で」
我ながら、要領を得ない返事だ。これではいかん。居ずまいを整えて、やり直しだ。
 「私は王宮から来たのだが、将軍の足の甲が折れてたいへん痛むそうだ。ぜひ予後が良いように骨を接いでもらいたいと、太王陛下から遣わされた。」
陛下の紋章を刻んだ印を取り出して掲げる。ふん。鼻を鳴らしたのか笑ったのか、老人はろくに見もせずに妙な音をたてた。
 「軍人がそんなコマい怪我でうんうん言うか。足の一本でもへし折ってから来い。」
 えっ、おい。そのまま引っ込んでしまった。まずい。これはまずい。急いで馬をつなぐと、薄暗い家の中を覗き込んだ。おい、それでは困るんだ—
 数歩進んで、何か堅い、丸い物を踏んづけた。足の下がくるっと回る。声をかける前に、どしんと素っ転んでしまった。したたか尻を打ち、転がった上から笑い声が降ってくる。くそう。骨継ぎめ。手元に転がったものを握って仰天した。
 骨じゃないか!どうしてこんなもんが転がってるんだ!
 うわあと叫んで放り出すと、灰色の影が動いて器用にそれを受けた。
 「これが人間の腕の骨だ。踏みつけるとは失礼なやつだ。」
尻をついたまま見回すと、そこらじゅうに骨が置かれ、卓上には書物の山。なにやら書き付けた布切れも積まれている。
 「どういうつくりになっているのか、知らねば何もできん。そうだろ?若いの。」
 「とにかく一緒に来て頂けないか。おそろしく腫れ上がってるんだ。」
一間きりのあばら屋は、薄い壁から冷気が差し込んでくるが、土の床は案外に清潔だった。書き付けを巻いた骨の向こうに、細く切った竹を曲げたものが、壁にぎっしり掛けられている。見慣れないものをしげしげ見つめていると、骨接ぎが口を開いた。
 「あれは添え木だ。骨を収めたら、動かんようにぴっちりとな、押さえ込むのが肝心だ。それでいつ折れた。」
なんだ、聞く気があるんじゃないか。
 「今朝。馬に踏まれたのだ。」
 「おっはっはぁ、そりゃあまた間抜けなことだ!甲と言ったな。今頃はもっと腫れ上がって、兎でも呑んだ蝮のようになっておるだろうさ。」
 白いほっそりとした足と、その後の大きな腫れを思い出す。あの美しい足が一体どうなってしまうのか、陛下はどれほどご心配だろう。
 「なんだ、お前、泣いておるのか?」
しまった。最近どうもいけない。おふたりのことになると、すぐに目元が潤んでしまうのだ。骨接ぎ先生が呆れたように言った。
 「そんなに恩がある人か。」
 「素晴らしい軍人だ。先の戦では、腕一本で陛下を落馬から掬い上げた。肩が外れそうになって、自分で縛り上げてその後も矢を射ていた。本当に恐ろしい働きだった。」
 「おいおい、関節が外れたのか。」
 「いや、外れる寸前だ。なにしろ華奢な方でな。女人の骨はずいぶん細いんだろう?」
 骨接ぎが目を見開いた。将軍とは、女か。

 
space
 
space
    <- Back   Next ->  
space
line
space space space space
 <--TOP PAGE 1・・2-1・・2-2・・3-1・・3-2・・3-3・・4-1・・4-2・・5-1・・5-2・・5-3・・6-1・・6-2(了)  
 
  space  
line
  space  
  Copyright © kuro-kmd. All Rights Reserved. since 2010.  
  space