屋根裏部屋
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馬に踏まれる

2 馬場にて・2

 王宮の医術者は何やら道具の名を呟き、供の者と後で向かうと言う。どちらへ向かえばと聞かれて、はたと困った。
 「—多分、陛下のお部屋です。」
多分?ため息をつきながら背を向け、何やら下男に指示している。
 「丁度コムルの術者がおりますが、そちらも連れて行きますか?」
気が急いて、それでは先にと、出てきたコムル人と一緒に駆け出した。あんな様子ではいつになるかわからない。一方のコムル人は学問の徒なのに、体を動かすのを厭わないようだ。こうして全力で走っても難なくついてくる。
 「いや、王事はそうでもありませんよ。」
悪戯っぽく笑って息も切らさない。朱雀将軍といい、この集団は一体どういう鍛え方をしているんだろう。

 

 回廊を曲がって沓の雪を払う。先輩侍従が固まって中を窺う後ろから、コムル人を連れて入ろうと背をかき分けた。むんずと腕を掴まれるのと同時に、陛下の声が漏れてきた。
 「よほど痛むんだな。しかし、泣くなよ。びっくりするじゃないか—」
 …つい覗きたくなるのが人情。
 腕を掴まれたまま懸命に身体を伸ばし、首を回してみる。
 椅子に掛けた朱雀将軍の前に、陛下が跪いていた。白い足が、立てた片膝に載っている。足首のあたりをそっと撫でながら、横顔に微笑みが差した。
 「笑い事でしょうけど、今は笑えません。なにしろこう痛くては。」
 「なあ、涙を拭いてやりたいが、可哀想な足を降ろせなくなってしまった。ずいぶん腫れてしまったな。すぐに人が来るから、少し我慢していろ。」
 初めて聞く甘い声。はああ、と将軍のため息が答え、それに小さな含み笑いが被さる。
 背後でコムル人が身じろぎして、ごほんとひとつ咳をした。それでようやく我に返った。先輩たちからも力が抜けた。なんだ、みな同じだ。身体中を耳にしている。

 

 「陛下、王宮付きの医術者もすぐ参ります。」
コムル人の姿に、陛下も将軍もほっとしたようだ。低い台を据え、寝台から枕をとって乗せると、陛下がようやく将軍の足を離される。馬場でも目を惹いた、真っ白な細い足。
 思わずあっと声を上げてしまった。その甲が今は無惨に腫れ上がり、瘤のように膨れたところは赤く色が変わっている。盛り上がったところを仔細に眺め、コムル人がそっと指先で撫でた。

 いったー!痛いってば!

 …絶叫。かろうじて残っていた陛下の微笑みが消えた。苦笑したコムル人が、悪い悪いと将軍をなだめた。
 「指じゃなくて甲の骨が折れている。一度骨を付き合わせ、それから抑えて動かぬように固定できればいいんだが。こういう怪我は、骨がついた後で少々不自由するかもしれません。」
 「不自由とは?」
後半は、陛下に対して話していた。将軍本人より、身を乗り出して聞かれるからだ。そこでようやく医術者が到着し、座が乱れた。陛下の質問は遮られた格好だ。コムル人が診たてを繰り返すと、医術者はふんふんと頷きながら手を伸ばした。

 いっ。

将軍が息を呑む。医術者の手が触れる寸前に、陛下の手がそれを掴んで止めた。
 「不自由とは?どうなるのだ。」
掴まれた手をそそくさと仕舞い、医術者が答える。この骨の先、つまり右足の親指が、曲がりにくくなるとか、そういうことです。骨というものは整えずともつながりますが、盛り上がったり変形しますから、もし神経に障れば、痛みが残ることがございます。
 「折れた骨を整えて固定すればいいんだな?ならばそうしてくれ。」
コムル人と侍医が顔を見合わせた。何だ。どうした。訝し気に陛下が問われる。
 「小さな骨のほうが難しいもので…完全にはどうでしょうか…」
 「腕の骨などは経験がありますが」
揃って言葉を濁す。足先の怪我で、そんなことをしたことがないという。たしかに、従軍してわかったが、兵の怪我ならそのまま添え木をあてて放っておくだろう。指が曲がったまま、あるいは曲がらない者、骨折の跡が盛り上がった者など、軍にはごまんと居た。
 黙って聞いていた将軍が、苛々と言葉を挟んだ。
 「こんな足先ですよ、骨がつながればそれでいい。」
 「だめだ」
 えっ。
陛下の即答に、また声が出てしまった。肩の骨を縛り上げて弓を引いていたのに?
 「そこまで理屈がわかっているなら、たとえ足先だろうができるんだろう?鐙を踏みしめる足に、痛みが残るなど言語道断だ。」
医術者は黙り込み、困惑顔のコムル人が、思い出したように言った。
 「骨接ぎの名人がいるそうです。あるいはその者ならば」
 「連れて来い。」
これまた即答。
 雪の中。その者は国内城にほど近い、ちいさな村のはずれに庵を結んでいるという。
 「偏屈者ですが、腕はたしかです。」
 嫌な予感がした。陛下がくるりと振り向かれた。
 ああ、これは的中だ。
 「お前の乗馬は大したものだった。—その者を連れて来い。」

 

 
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