屋根裏部屋
space
space
 <--TOP PAGE 馬に踏まれる <- Back   Next ->  
space space space space
line
space space space space
  1・・2-1・・2-2・・3-1・・3-2・・3-3・・4-1・・4-2・・5-1・・5-2・・5-3・・6-1・・6-2(了)  
space space space
馬に踏まれる

2 馬場にて・1

 少し陽が覗いて、真っ白な世界をきらきらと照らしている。雪を除けた跡はどこも凍り付き、常と変わらず足早な陛下を追うのは大変だ。国務をあれこれ捌かれた後、約束通り太子様の乗馬を見られるようだった。
 絹の裾が翻る。今日はきっとあまり時間がなくて、ご自身で乗馬はされないのだな。お召し換えのとき、気がない様子でこれでいい、と、長い上着を自ら羽織られた。もうすっかり政のことで頭が一杯の様子だった。
 雪が反射する中、目を細めて歩く。雪だまりの奇妙な形に気を取られる間にも、陛下は数間先に行ってしまわれる。先輩はこうして遠くまでついて歩いたことがあるんだろうか。歩くだけでもきっと無理だ。
 ようやく外を見渡せるところまで出た。宮殿の外郭は、雪のせいか真っ平らに広々として見える。すでに馬が走り回ったらしい馬場だけが、泥まじりに黒々としていた。近衛兵が数人。朱雀将軍の細い影が、太子様らしい小さな影に寄り添っている。ひときわ大きいのは白虎将軍だ。乗馬と聞いて、馳せ参じたようだ。
 太子様の乗馬の師として、白虎将軍は大張り切りだが、いつも朱雀将軍に茶々を入れられて憮然としている。武勇名高い大男のそんな様を見るのは面白くて仕方がない。そんな時の朱雀将軍は、まるっきりやんちゃな少年だ。まるで男同士、気のおけない仲間として、とても楽しそうだ。陛下も同様で、あけすけな冗談に声をあげて笑われる。

 

 陛下の足が一層早くなった。こちらは必死で小走りになっている。それが、今度は急に走り出した。馬が嘶く声に驚いて顔を上げると、葦毛が一頭、後足で大きく跳ねている。少し前に、陛下が太子様にと下された馬だ。何に怯えたのか、朱雀将軍が手綱を取って抑え、太子様の前に出て庇われた。
 「おいおい!こら、一体どうしたんだ!」
今度は白虎将軍がいなす。必死に陛下を追って走ると、近衛兵が囲む中、朱雀将軍が座り込んでいた。
 「どうした?大丈夫か?」
 跪いた陛下が、将軍の顔を覗き込まれた。なんと、目尻に涙が滲んでいる!
 「おい、馬に踏まれたな。」
白虎将軍が、太子様の小さな肩に手を置いたまま声を上げた。
 「折れてるかもしれんぞ?」
陛下がぎょっとしたように顔を上げ、白虎将軍を問い質す。
 「折れてる?足がか!?」
 「そうやってよく指を折るんですよ。どら、ちょっと靴をぬいでみろ。」
先に陛下の手が動いた。袴の裾から手を差し入れ、膝まである靴を剥くように開く。そっと抜き取ろうとして、鋭い悲鳴が上がった。
 「いたい!あいたた、チュムチ、これ、折れてるの?まったく冗談じゃない!」
そろそろと靴をはずし、壊れ物でも扱うように足袋が外される。真っ白な細い足指が現れ、ちょっとどきりとした。踏まれた跡は指というより足の甲だ。少し盛り上がったようになっているのは、腫れ始めたところだろうか。陛下の指が触れるか触れないかのうちに、また朱雀将軍の悲鳴が響いた。
 「ちょ、やめてください!信じられないくらい痛いんだから—」
 戦場で鬼神のように敵を叩き斬る姿からは思いもよらない。肩の骨が外れそうになっても陛下の腕を離さない将軍が、涙を滲ませている。そういえば痛みっていうのは、ああいう涙が出るものだ。足先やら頭をぶつけた時なんか、ただ自然に涙が出るっけ—
 イモ!あ、将軍、大丈夫!?幼い声がかかる。大丈夫、大丈夫。代わりに野太い声が答えた。
 「ああいう体のはしっこははじめ痛みますが、添え木をしてじっとしていればいいのです。ひと月くらいで骨がくっつきます。ただ、とにかく痛えんだよな。おい、スジニ、大丈夫か。」
 陛下はそっと腕を回し、朱雀将軍を横抱きにして立ち上がると、そのまま歩き出した。絹の上着の裾は、すっかり泥だらけだ。将軍は弱々しく身を捩って抗いながら、すぐにぐにゃりと俯き、呟いた。まったく、馬に踏まれて、冗談じゃない。王様、みんな見てるし…あいた———っ!!
 えっ。ええと、どうすればいいんだ。こんなこと、侍従長も教えてくれない。いや、こないだの戦から、そういうことばっかりだ。きょろきょろと辺りを見回し、白虎将軍、太子様、近衛兵を順に目で追う。みなぽかんと口を開け、ただ陛下を見送っていた。
 「医術者を連れて来い。」
振り向いた陛下から、ようやく命が下った。白虎将軍の声が響いている。イモはお父上に任せて、大丈夫、もう少し馬に乗りましょう。な?

 

 将軍の腕を肩に回し、駆けるような早さで歩きだした陛下と分かれた。いつ何時でも誰かが随いていることになっているが、御命だからしょうがない。まずは走り出したが、あっ、と駆け戻り、将軍の長靴を拾い上げた。あの足先を包んでいた足袋も—。それを握って、改めて走り出す。医術者か、コムルの者でもいいかもしれない。

 
space
 
space
    <- Back   Next ->  
space
line
space space space space
 <--TOP PAGE 1・・2-1・・2-2・・3-1・・3-2・・3-3・・4-1・・4-2・・5-1・・5-2・・5-3・・6-1・・6-2(了)  
 
  space  
line
  space  
  Copyright © kuro-kmd. All Rights Reserved. since 2010.  
  space