屋根裏部屋
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朱雀の将軍

12 想われびと

 野営地の朝。一晩中の人払いを命じられたが、明けた朝のことを何も聞かされていなかった侍従は、王の幕舎の入り口で中の様子を伺った。衣擦れの音を聞き、侍従は躊躇いながらも小さく声をかけた。
 「陛下、お召し替えのお手伝いをいたしますか?」
 「いやそれには及ばない。」
王が応えるとスジニはほっと肩を下ろした。
 王がようやくスジニを放した時には明け方近かった。急いで衣服を直し軍靴を履く。脚の間にどうしようもない違和感があって、腰が気怠く重い。スジニは一人で赤くなった。まともに顔が見られない。寝台に並んで座り、王はスジニの肩を抱き寄せた。
 「白い絹の夜着を着せて」
そう言うとくすくす笑い出した。
 「万全の支度をしてやろうと思ったのに、すまない。」
スジニの頬が染まった。細い肩に顎を預け、王はしばらく目を瞑っていたが、やがて頭を上げると諦めたように立ち上がった。
 「夜が明けるな。」
 王が手ずから鎧を着せるのを、スジニは拒まなかった。前から抱え込むようにして胴を着せかけると、王はそのまま口づけた。スジニはただ立ってされるがままに、王の瞳を覗き込んでいた。
 「そんな風に見られては何もできない。」
言葉とは裏腹に、背後で紐を締めながら、今度は片側に髪を流して露になった首すじに口づけた。
 鎧を着せるのは戦場へ送りだす人への餞だ。無事に帰るようにとの思いがこもる。スジニが鎧をつけるようになったのは最近のことで、部下に背の紐を頼むと赤面することがある。それが面倒で下働きの女に頼むと、今度は力が弱くて締まらないし、つくりがわかっていないせいか納まりが悪いのだ。ぐいっと体を回されて、巡らせていた思いは中断した。跪いて革帯を締めようとする王を、スジニは慌てて止めた。
 「王様に膝を折って頂くことなどできません。」
 「今は好きにさせろよ。それに誰にでもするわけじゃない。」
 今度はスジニが王の鎧を手に取り、腕を通して胴を着せかけた。抱きつくようにするスジニをそのまま抱き取り、王はしばらくじっと胸に抱えた。こうしてふたりは王と将軍に戻っていった。
 「そういえばお前に言っておくことがふたつある。ひとつ。体に見合わない戦い方をするな。ふたつ。兵が猛るほどお前は冷静になれ。そうでなければ統べられない。わかったな。」
最後の紐を結びながら、背後でスジニが頷いた。
 「よくわかりました。」
 「戦場でお前が無茶をすると、お前を守るために誰かが死ぬことになる。」
スジニの手が止まった。王が背負っているものを、兵を預かる自分もまた背負ったということだった。
 「よくわかりました。二度とこのようなことはありません。」
言いながら、それでもいざという時はわからないとスジニは言葉を腹に納める。それを知ったかのように、王はかすかに笑った。
 また侍従の声がした。
 「陛下。回軍の御命を頂戴してもよろしいでしょうか。」
人の気配が集まっていた。もう日が昇る。
 「行程は伝わっているか。」
幕越しに大声で問いながら立ち上がると、王はスジニを振り向いて微笑んだ。誘われるように、その背に従ってスジニも寝間を出た。
 後を守る大隊が加わって、夜明けの陣営は活気があった。昨日の戦勝に気を良くした兵は勇んで荷をつくり、回軍の王命を待っている。王の幕舎の前で、チュムチとチョロは兵の活気を眺めていた。太王がゆっくりと姿を現し、続いてスジニが歩を運んだ。ふたりの姿に一瞬スジニは躊躇したが、そのまま表情を変えずに王の背後についた。近衛隊長の定位置に立つと、俯いて王命を待った。後続で加わった将軍たちにも併せて命がくだされる。騎馬隊は国境の大隊に合流してアシン王の眼前で睨みをきかせることになった。
 「騎馬隊、大急ぎで、タルグに合流するぞ。」
 チュムチが乱暴に復唱した。将軍たちがどっと笑い、円い座が崩れた。幕舎に入る間際、太王はかすかに首を巡らしてじっとスジニに目を遣った。それから匂うような笑みを浮かべて幕内に消えた。チョロが俯いて破顔した。スジニも大急ぎで隊に戻ったが、回軍の準備に懸命で、周り中から注がれる視線に気づく様子はなかった。

 

***

 

 「お前は王様のとこだろう。」
一日の行軍が終わると、スジニは三将の幕舎から追い出された。一日中腰の違和感を抱えて騎上でもじもじしていたのに、矢筒を下ろす間もなかった。チュムチはスジニの荷物を運ばせる兵までつけた。
 「今は騎馬隊付きなんだけどな。どうしてよ。」
 「だめなものはだめだ。理由は—青龍にでも聞け。」
チョロの姿は見えない。諦めてスジニは王の天幕をくぐった。
 「スジニです。」
情けない顔でとぼとぼ入って来たスジニの姿に、王は思わず吹き出した。
 「チュムチに追い出されました。こちらで警護につきます。」
 「理由を聞いたか?」
 「教えてくれません。チョロに聞けと言うんですが、城主は消えました。」
王は懸命に笑いを堪えているようだった。
 「ではここにいればいい。」
片肘をついた王は鎧の襟元を嫌って手を差し込み、スジニは思わず背後に回って紐をひとつ解いた。
 「王の想われ人と、ひとつ屋根の下で寝ようなどという者はいないさ。」
スジニの手から紐がだらりと垂れた。
 「こんなやり方で広めるつもりはなかったが、お前に誘惑されて前後が逆になった。でもずっとお前らしくて—お前とわたしらしくていいだろう?」
 スジニは絶句していた。王の想われ人、甘美で面倒な響きだ。昨夜を思い出して顔から火が出そうだ。
 「みな—知っているということですか?チュムチも?」
 「今朝、いや昨夜のことならそうだろうな。チュムチにだって耳はある。お前はわたしのものだと、すぐに誰もが知るようになる。」
他人事のような言い方に、ますますスジニは赤くなった。王は背後の熱を感じるかのように頭を逸らして笑った。
 「安心しろ、そのままのお前でいればいい。わたしがお前にぞっこんでお前を放さないんだ。お前は人前では軍人に徹していろ。」
 「それは—、誰か様の行い次第です。」
スジニはようやく微笑みを浮かべた。

 
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