屋根裏部屋
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朱雀の将軍

9 出兵

 天の力は天に返し、人の力でチュシンの国を建てる—建物があり神官も残ったが、天地神堂が祀るものは天ではなくなった。戦による憎悪を断ち、新しい世をつくると宣言した王は、それでも目下の争いから民を守らねばならなかった。天ではなく歴代高句麗王に、自らの父王に戦勝を祈願する。神官の姿はなく、ひとりただ静かに黙祷するとその場を去った。

 

 国境沿いに細長い地域で紛争が続いていた。百済は、野戦のようなものでとうてい手が回らず鎮圧できないと言う。度々高句麗に援軍要請までしてきたが、裏で倭と手を組んでいるのは明白だった。終わりのない小競り合いで荒れ、次第に分断された帯状の地域は、恒常的な紛争地となっていた。出所の知れない兵がここから高句麗へ侵入して略奪し、倭へと逃げる。百済はそれを取り逃がす役割を延々と演じていた。足がかりを得て欲を出した倭はまとまった軍を送りはじめ、高句麗への北上を企てた。
 「アシン王は自らが二度と顔を出さずに済むような戦をしているな。」
 「臆病者のやることです。そしてこれは、小手先の敵を叩いても終わりません。」
太王の面前で命乞いをさせられた百済王の恨みは深く、同時に太王を深く恐れた。アシンは城に閉じこもって自らの国境線をよそ者に与え、領土を削って防衛帯を引いたようなものだったが、残念ながら引き入れた他国の兵を掌握する度量も知恵もなかった。
 「倭軍はあくまでも百済領を通過している。押し入るのは得策ではない。敵を袋詰めにしてアシンの鼻先に差し出してやろう。わたしの目の前で戦をさせてやる。」
 新羅は全面的な協力を約束し、倭の派兵が一区切りつくのを確かめて伝令をよこした。国境の城に兵を詰めて防御陣を敷き、援軍という名分で水軍が百済の海岸線を閉じる。山から高句麗に入る敵を紛争地帯に追い返すと、百済領内の倭軍を高句麗が三方から閉じ込める格好になる。それを太王の目の前で討て、できないならば攻めてやるから国境を通せと通告した。戦を強要された百済は、拒めば領内に太王軍を迎え入れることになる。背後に新羅を抱えて、アシン王は倭軍と結ぶことはできなかった。見知らぬ賊と言い張った通りに討たねばならないだろう。

 

 山間の狭窄部には精鋭部隊が充てられた。チュシン騎馬隊である。
 「説明が長いな。要するにこの谷を頂いて、北へ出たのは追いかけて全滅させればいいんだな?」
チュムチがあまりにもかいつまんで言うので、将軍たちが声を上げて笑った。
 「その通りだ。しかも重要なのはただ一点、先に着いて谷を制し、一兵も通すなということだ。一兵でも逃せばわれらの民が犠牲になる。できるだけ多くの敵を百済にやろう。わたしも騎馬隊と山へ行く。」
笑いが納まった。太王はゆったりと座り、地図を指した。
 「国境線にもっとも多くの兵を充てることになる。この谷では戦場も狭い。山に回す兵力は多くないが少数精鋭の皆に期待する。だがいいなー」
 「死んではならない。」
全員が声を合わせた。王は目を伏せて笑った。
 「そうだ、死ぬことはならん。生きてわたしのそばにいろ。」
この時太王軍は熱狂する。将の興奮が兵に伝わり、足を踏み鳴らす音が地の果てまで続くようだ。陛下、という叫びの中、王はスジニを探した。漆黒のしなやかな鎧姿は人目を集めた。視線に反応したスジニが目を閉じた。次に目を開いた時、かすかに王が頭を巡らした。

 

***

 

 太王はすでに鎧姿だった。出陣は早朝。夜が明け次第、軍の主要部が国境へ、太王率いる騎馬隊はその更に東の山間へ発つ。深夜の大殿で玉座の足下に座り込んだ王は、無言で自分の横をとんとん叩いたが、スジニは対面して直立したままだった。
 「肩はいかがですか。」
 「ありがたいことに腕が回るようになった。傷が塞がりはじめればあとは早いな。」
小さな呻き声を思い出してスジニは胸を痛めた。王の健康は、敵軍はもちろん自軍の士気を左右する重大事だ。自分の兵に無欠を装った王を思うと、その答えが本当なのか、探るような気持ちが湧いた。それを察して王が笑った。
 「大丈夫だ。お前には本当のことを言う。」
王の微笑みに、ようやくスジニの表情が和んだ。
 「鎧を着せてもらおうと思ったが、将軍が見つからなかった。」
スジニは苦笑した。出兵が決まってからの慌ただしさは格別だった。近衛隊と留守中の警護について話し合い、指示を出した。太子の残る宮を守らねばならない。アジクはちゃんと寝ただろうか。思いがあちらこちらへ飛んだ。
 「アジクは大丈夫だ。近衛隊長は借りなければならないが。」
胸の内を読まれたようで、スジニは驚いた。一方で、母親のような顔でも見せたかとうろたえた。
 「スジニ。」
王は片膝を抱いて玉座に凭れたまま顔を上げると、直立したままの近衛隊長に視線を据えた。
 「この戦から戻ったら、アジクにはコリョンという名を与えるつもりだ。もう一人で寝なければな。お前は後宮に移れ。今度はわたしが部屋を与える。」
アジクに名を—スジニの顔にぱっと広がった笑みがすぐに驚きに変わった。
 「王様—後宮と…」
 「そうだ。近衛隊長。お前がわたしの後宮の主だ。そこでわたしを待つのはいやか?」
スジニは心配げにかき口説いた。
 「王様、アジクには母がありません。わたしまで去るのはあの子が不憫でなりません。今しばらく、太子宮の部屋はどうか残してください。」
母を知らずに育った王には反論できなかった。もとより、自分の求婚にスジニからこんな反応があるとは思っても見なかった。
 「わたしが王様の元に参りますから。」
スジニは気恥ずかしさを堪え、震えるのを精一杯抑えて言った。しかし王はまったく別のところで大笑いした。スジニ、普通は男が通うものだ。しかしお前は王の元に通うのだな、全くお前には敵わない。
 「気に入った。そうしよう。」
王の大笑にスジニは傷ついた顔をしたが、理由を聞かされてますます赤くなった。
 「住まなくても構わないが、後宮に部屋は置く。お前が主だと示さねばならないからな。」
ようやく笑いを納めた王は、真っ赤になって押し黙ったスジニの手をとった。
 「将軍、傷ひとつなくわたしの元に戻れ。戻ったらお前を娶るのだから。」

 
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