屋根裏部屋
space
space
 <--TOP PAGE 朱雀の将軍 <- Back   Next ->  
space space space space
line
space space space space
  1・・2・・3・・4・・5・・6・・7・・8・・9・・10・・11R18・・12・・13(了)  
space space space
朱雀の将軍

7 寵臣

 畑を耕す者、鉄を打つ者、国を守る者。均衡が保てないと国力は弱くなる。太王は常に国全体を明るく見渡して軍を編んだ。今はこれ以上の徴兵は難しいと判断すると、速やかに方針を決定した。少数精鋭を旨とし、兵の数ではなく質で圧倒せよ。特に、槍兵と弓兵の精鋭を騎乗させてチュシン騎馬隊をさらに強化すること—。白虎将軍率いる騎兵隊を主軸に、青龍将軍の槍兵、スジニの弓兵が加えられ、かつてない規模の騎馬隊が編成された。チョロとスジニは自軍の傍ら騎馬隊の調練にも就いた。三将はたびたび一組になり、他の二将と並べられるうちにスジニは朱雀将軍と呼ばれるようになっていた。
 巧妙に伝聞が流され、新しいチュシン騎馬隊の噂は早々に近隣に知れ渡った。大騎馬隊を率いるのは先の大戦から帰還した神器の守り主らしい。神器は天に還ったが、チュシンの王とその僕は高句麗に留まったということだ—。勝手に話が膨らんで、噂の効果は絶大だった。
 ひと月以上もかかって、スジニはようやく全力で弓が握れるようになった。動かすから治るものも治らないと、馴染みの医女に叱られてスジニは苦笑した。傷が癒える経過をはじめて知ったのだ。スジニは自分の体というものに呆れた。痛んだり膿んだり、包帯を替えたりして待つ。それをしながらの鍛錬は身に応えたが、兵法の基本を習得しながら、スジニはようやく多少の自信を取り戻しつつあった。
 近衛隊は女将軍に戸惑いながらも、コ将軍名指しの後継を礼儀正しく迎えた。弓兵は乗馬が得手不得手さまざまで、弓も馬もという兵はなかなか揃わないが、自らも自軍も熱心に鍛えた。軍隊というのは複雑な組織だ。昔の自分がいかに特別扱いの野戦部隊であったか、今になってスジニは身にしみていた。大軍を動かすのは複雑で苛々するが、それに耐えなければならない。苦労ばかり多いとも思えたが、采配そのものは巧みで、ようやく将軍という役目に追いついてきたところだった。
 スジニの日々は調練と雑務で埋まった。アジクを寝かしつけ、また戻ってコムルの講義を受ける。近隣の勢力について、チュムチですら居眠りをこらえて必死に聞いた。カンミ城主だったチョロは百済の情勢に明るく、最新の情報を伝えた。
 「俺はこういうのは苦手なんだ、ぶっ叩いてやっつけろと言ってくれ。」
弱音を吐くチュムチにコムルの弟子が笑いかけた。
 「チュムチ族長、様々な土地に路を通すのに、それでは皆が困るでしょう。」
族長と呼ばれてチュムチの背筋が伸びた。多くのシウ族が、太王の号令に従って、商路の整備に従事していた。

 

***

 

 侍従がコ将軍の来訪を告げると、王は立ち上がって自ら将軍を迎えた。空っぽの軍服の袖が揺れる。王はそれに慣れることができなかった。きっと永遠に慣れることはないだろう。無茶な進軍が招いたのだと自分への怒りが渦巻くのと同時に、生きていてくれることがこの上なく有り難い。王はそれらの感情を抑え、将軍の肩を抱くと別室へ招き入れた。
 「今日はどうしました。呼んでくれればこちらから行きます。」
将軍が左手を失って以来、王は年長の友人にするような態度でコ将軍に接していた。はじめは困惑し、改めるよう懇願した将軍も次第に折れ、まともに受け答えをするようになっていた。それでも呼ばれれば行くとまで言われて、将軍は目を伏せて苦笑し、それからちらりと周囲を見回した。人を払えということだ。王は侍従を手で下がらせると改めて将軍に向き合った。
 「朱雀将軍はどちらに?」
 「弓兵の調練に行っています。あいつに御用ですか?」
しばらく考え込む様子の将軍を王は辛抱強く待った。
 「わたしは近衛隊長としてお仕えするよう頼み、スジニー朱雀将軍はそれを受けてくれました。」
 「—おかげでよく務めてくれています。」
王は将軍をまじまじと見つめた。改まって一体何が言いたいのか。やはりしばらくの間を置いて、決心したように将軍は再び口を開いた。
「陛下をお守りするのに最もよかれと思ってしたことです。ですが—、わたしは陛下から王妃になる方を奪い、スジニから女人としての幸せを奪ったのでしょうか?」
やや開かれた王の眼が将軍の上に据えられた。将軍は卓上の茶器に目を落としたまま動かない。やがて王は微笑みを取り戻した。コ将軍にだけは言っておかねばならないだろう。
 「将軍。あなたはわたしとスジニから何も奪ってなどいません。将軍と約束した、わたしを守りたいというので近衛隊長に任命しました。あいつは今必死に学び、鍛えています。わたしは見守ることしか出来ませんが、王の想われ人だから重用されるなどと言われてはかわいそうですからね。『太王ご寵愛の将軍』には先に武人としての立場がなくては。」
王はかすかに微笑んだ。
 「近衛隊長のまま娶ります。」
将軍の目が見開かれ表情が固まった。
 「は、は!ははは!」
王はコ将軍が声を上げて笑うのを初めて聞いた。今度は王の方が驚いて将軍を見つめた。
 「それは—それはようございました。色々口さがないことを言う者があるやもしれませんが」
王はにやりと笑って言った。
 「妃として愛でるのは容易いが、あいつはそれを望まない。わたしも今のままのあいつを手に入れたい。言いたい者には言わせておくが、あいつに傷がつかないよう万事を図るつもりです。ついでにわたしも望まない婚姻を逃れます。」
 太王は情報戦の強者だ。ものごとは結局王が望むようになるだろう。王は周到にスジニを守るだろう。コ将軍は確信し、安堵の笑みを浮かべた。

 
space
 
space
    <- Back   Next ->  
space
line
space space space space
 <--TOP PAGE 1・・2・・3・・4・・5・・6・・7・・8・・9・・10・・11R18・・12・・13(了)  
 
  space  
line
  space  
  Copyright © kuro-kmd. All Rights Reserved. since 2010.  
  space