屋根裏部屋
space
space
 <--TOP PAGE 朱雀の将軍 <- Back   Next ->  
space space space space
line
space space space space
  1・・2・・3・・4・・5・・6・・7・・8・・9・・10・・11R18・・12・・13(了)  
space space space
朱雀の将軍

6 任命

 穀物庫に囲まれた空き地に小さな灯りがあった。地面には白い石粉でつながった輪が描かれている。スジニが本を片手に輪の上を動いていた。
 「おっと…ちがう…これじゃねじれる…」
武術の基本書を見ながら足の運びを練習していた。描かれた輪は足を置く位置だが、しっかりとそれを踏むのはなかなか難しい。ずいぶん腰を落として足を開かなければならない。
何度か行きつ戻りつし、とうとう頁をめくって立ち止まった時、いきなり肩を掴まれた。手刀が空を切ったが軽くあしらわれた。
 「つっ…カンミ城主!?」
長身の影はスジニの肩を掴んでぐいっと回し、正しい位置に左足を踏み込ませた。続けて右足を前へ。右足を軸に腰を落として全回転。
 「実戦は十分だから、腰がきまればもっと速くなる。」
それだけ言って立ち去ろうとした。
 「城主は教えるのは好きでも巧くもなさそうだけど、ありがとう。」
チョロが振り向いた。
 「まず全て頭に入れて、それから動く。見ながらではだめだ。」
ふーん、と感心したスジニは輪から出た。よくよく書物を見、その後目を瞑って小さく動いた。何度も繰り返した後、手ぶらで輪の上に戻ると、間違いなく足を運んでみせた。数回繰り返すうちに刀や弓を持つ動きを入れて、上半身も一緒に動かした。
 「実戦派は飲み込みが早い。」
 「ありがとう先生。おかげでこつがわかった。」
チョロが夜目にもわかるほど微笑んだ。
 「カグンー」
 「え?」
 「私の師はカグン将軍だ。」
そう言って去って行った。

 

***

 

 今夜は月がない。ほとんど覚えてしまった書物は、灯りのそばに無造作に置かれている。暗闇の中、猫のような滑らかさで、スジニは舞うように動いた。
 「秘密練習か。隠すこともないだろうに。」
柔らかい声がした。鼓動が跳ね上がり、スジニは輪を踏み外した。王は書物をぱらぱらとめくっていた。懐かしい書物だった。太子だった頃、何度も練習したー。
 「申し訳ありません。勝手にお借りしています。」
 「こんな基本の書に用があるのか?」
無造作に裾を引きずって朽ちかけた丸太に座ると、自分の隣をトントンと叩いてみせた。此処へ来て座れ、という合図だ。少し躊躇ったが結局スジニは従った。
 「役に立つとチョロが教えてくれたんです。」
 「今日は来ないのか?あいつは案外面倒見がいいんだな。」
もしやずっと前から知っていたのかと、スジニは絶句した。
 「王様、こんなところにまでいらしては警護の者が困ります。」
聞いているのかいないのか、王は辺りを見回しながらう〜んと曖昧な声を出した。
 「まだ痛むだろうに、どうした?お前はもっと怠け者だと思っていた。」
スジニがむくれた。
 「いや、鍛錬などしなくても軽々とやってみせるだろう?」
 「我流には限界があります。」
立ち上がって足を運んでみせた。
 「覚えが早いな。私はもっと時間がかかった。」
意外そうなスジニの視線を放っておいて、王は立ち上がると裾を払い、真顔で言った。
 「なぜこうまでする?」
 スジニは馬場でチョロに吐露したことを、改めて王に話すことになってしまった。
 戦闘から遠ざかっている間に勘を失ったこと。体力が落ちた分、効率的に動かなければならず、それには兵法の基本が役に立つとチョロが教えてくれたこと。チョロは書名を挙げ、毎晩なにげなく現れて助言をしてくれること。それらを聞きながら王はスジニに目をやった。左腕の包帯、擦れた革の胸当て、頑丈な鹿革の長靴。一筋に固く束ねられ、腰まで流れ落ちる髪。ちらりと覗く襟元の傷。もうひとつ、傷。
 「なぜそこまでするんだ、近衛隊のことか?むろん受けなくてもいいが、お前なら充分に務まるとコ将軍は判断した。わたしも同じだ。お前は充分—」
 「務まりません!」
燻るような声が闇を裂いた。
 「買いかぶりです。ご存じないんです。王様をお守りするのに、今のわたしではだめなんです。二度と、二度と王様が血を流すようなことは誰にもさせません。コ将軍に約束しました。わたしが陛下を守ります。それには今のわたしではだめなんです。ですから」
何度も繰り返すうちに、ようやくスジニは鎮まって来た。
 「ですから、出来るだけのことをしたいんです。」
王は黙って聞いていた。
 —スジニがどのように人を愛するのか、わたしは知っているはずだったのに。会わない間に想いが募って、夢の恋人を作り上げてしまったのか。いや、そもそもわたしは本当に知っていたのか?スジニはこういうやつだ。誰よりも前で王にかかる刃を払い、射かかる矢があれば身を盾にする。そしてそれを喜びだという。もし傷つきでもしたら、わたしにとってそれが最も辛いことだと知っているくせに。わたしが王だからこんなことになるのか?それともスジニがスジニだからこうなるのか?
 「両方だな。」
王が呟いた。そういうやつが良いんだから仕方がない。
 「スジニ、そこへ直れ。」
威厳のある太王の声だ。何事かと驚いて、スジニはおずおずと王の前に立った。
 「こういう時は片膝をつくんだ。」
小声が囁く。慌てて膝を折って頭を垂れる。
 「高句麗軍近衛隊長に任ずる。階級は将軍。弓隊も兼任するように。弓の専門部隊を作るからな。お前の徽章は—赤だ。」
スジニは顔を上げて呆然と太王を見つめた。
 「お前がわたしを守れ。ただしわたしより先に死ぬことは絶対に許さん。そうならないように、鍛錬でも何でもしろ。お前も自分を守るんだ。全力で。」
タムドクは胸の中で続けた。 わたしは別の方法でお前を守る。
 お互いの顔すらよく見えない。王は暗闇に手を差し出した。
 「明日、大殿でもう一度ちゃんとやってやる。」
スジニを探って勢いよく引き起こすと、そのまま胸に抱いた。

 
space
 
space
    <- Back   Next ->  
space
line
space space space space
 <--TOP PAGE 1・・2・・3・・4・・5・・6・・7・・8・・9・・10・・11R18・・12・・13(了)  
 
  space  
line
  space  
  Copyright © kuro-kmd. All Rights Reserved. since 2010.  
  space