屋根裏部屋
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朱雀の将軍

5 太子宮

 宮には子どもの高い声が明るく響き、嬉しそうに振り回される乳母や侍従の笑顔があった。アブルランサから無事に戻ると、アジクは太子宮を与えられた。伸び伸びと屈託がないアジクは自由に駆け回り、陰鬱なことが多かった宮殿は活気を帯びた。年相応の甘えはあるが人見知りせず聡い。大人に囲まれて宮で暮らすのに向いているのかもしれなかった。
 幼い子どもはぐっすりと眠っている。乳母を下がらせたスジニはその寝顔を見つめた。寝付いている間、太子宮にいるということしかわからなかったが、スジニは安心していた。アジクはちゃんと王の保護の中にいる、と。
 床を畳んだスジニがようやく訪れた時、アジクは目を輝かせて走り寄った。
 「イモだ!ぼく、ちゃんと待ってたからね。ぼくがいい子にしていたからもう治った?」
動きたい盛りの男の子は、スジニの腰にまとわりついてぐるぐる回った。
 「いい子にしていたらイモの怪我が早く治るって。」
 「そうね、アジクのおかげで元気になったよ。」
スジニの手を引っ張って太子宮を案内し、侍従を紹介するアジクに皆が笑顔を向けた。スジニを迎えて乳母は泣かんばかりだ。アジクが全身で扉を押し開いて叫んだ。
 「イモのお部屋だよ!」

 

 つい、うとうとしたらしい。はっとして飛び起きると、乳母がかけたらしい夜具が肩を滑り落ちた。子どもは安らかに眠っている。上掛を顎まで引き上げ、前髪をかきあげてやる。すぐまた大きく寝返りを打つ。その繰り返しに、スジニはひっそりと笑った。
 戸口で絹が鳴った。最近軍服ではないので王が歩くと絹ずれの音がする。
 「王様!」
 「やっぱりここに居たな。太子は寝たのか。」
 スジニは観念したように目を閉じると、そうか、と大げさに頭を振った。
 「王様がお部屋をくださったんですね。それじゃどこで寝起きしているかなんてお見通しなのに。」
 「部屋?それはわたしじゃない。アジクだ。本来は客間だが、はじめからイモの部屋と呼んでいるらしいな。かわいいじゃないか。」
言葉を継げないスジニに王はくすくす笑い出した。
 「わたしのところに来ないから、ここだと思って寄ってみた。」
スジニの頬に血が上った。一体どういう意味で言っているのか、冗談めかした言い方を勘ぐれば勘ぐるほど恥ずかしい。
 「お疲れのご様子なのに、お休みになれませんか。」
それには答えず、王は部屋に入るとスジニに並んで寝台に座った。スジニは慌てて立ち上がろうとしたが、王は唇に指を当て、静かにスジニを座らせた。二人はそっとアジクの寝顔を覗き込んだ。王はその寝顔に目を落としたまま、口を開いた。 
 「アブルランサでお前を見つけた時」
 スジニがなるべく考えまいとしていたことだった。アブルランサは燃え上がる黒朱雀と血まみれの王の記憶だ。思い出したくない、それと同時に絶対忘れられない。しかし自分の王は言いたいことは必ず言うのだ。スジニはゆっくりと瞬きをして頭を回し、王に向き合ったが、王は眠るアジクに向かったまま、もっと遠くを見ていた。
 「わたしは天に感謝した。お前を残してくれてありがたいと。—辛いことをさせてしまったな。」
スジニは悔いていなかった。朱雀の紅玉を胸に握りしめた時、キハが安らかに満ち足りていることを確かに感じた。キハも、そして気を失いつつあった自分も、何が起こるのか知っていたような気さえするのだ。
 「彼女は—姉は心残りがないようでした。わたしもそうです。—そうなると決まっていたことに身体を預けただけのような気がします。」
 王は振り向いたが無言だった。一旦話し始めると、スジニは言ってしまいたくなった。
 「何かひとつの手違いで、私がああなったかもしれません。お師匠様が恐れたはずです。わたしは偶然—」
言葉が途切れ、沈黙が襲った。
 「偶然でも何でもいい。自分が生きていることをそんな風に言うな。 わたしが大事に思う人を、お前ももっと大事にしろ。」
王は手を伸ばし、スジニの頬を指で突いた。
 「この人のことだ。いいな。大事にしろ。」
王の微笑みに涙が溢れた。なぜ朱雀の守護はふたつにわけられたのか、よりによって姉と自分に。それを呪うような気持ちでいたが、偶然自分が残ったのなら、その偶然をただ享受すればいい。そう言ってくれる人が目の前にいた。
 「たとえ偶然でも、今までにあったこと全てが今のお前だろう?それを否定したり恐れたりするな。その先につながっている今のお前が大事なんだ。」
王の手がスジニの頬を包むと目が合い、やがてゆっくりと唇が合った。しばらく確かめ合うように唇を合わせていたが、やがて王は少し口を開いて誘った。アジクが寝返りをうち、イモ、と呟いた。笑いを堪えることができなくなったスジニが王の唇を逃れると、強く身体を引き寄せられ、そのまま抱きしめられた。
 「アジク、父の邪魔をするな。」
耳元で王が囁く。まだ濡れた瞳でくすくす笑いを募らせ、スジニは王の腕を逃れると立ち上がった。
 「申し訳ありません。これからやることがあるんです。すっかり遅くなってしまいました。」
王は不満げに座ったまま、扉に向かうスジニを目で追った。
 「やること?夜中に何を企んでいるんだ?」
内緒です、スジニの甘い囁きに王は微笑んだが、今まで誰にも見せたことがない目をしていた。
 「お前はわたしのものなんだろう?」
スジニは柔らかく笑み崩れた。白い花のようだ。
 「ずっと前から、わたしは王様のものです。」
それから、身を翻して消えた。
 「イモ…」アジクが呟く。王は息子の小さな手を布団にしまい込みながら、髪を撫で付けて囁き返した。
 「アジクや…お前のイモはそう単純ではなさそうだな。イモは…ずっと以前からわたしのものだったそうだ。残念だな。」
それからしばらく、父王は息子の枕元で囁いていたが、やがて立ち上がると裾を翻して執務室に戻って行った。

 
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