屋根裏部屋
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朱雀の将軍

4 王の守り

 馬場に土煙が俟って、ヤンヤの声援が響く。地で一回転したスジニが片手をついた。
 「そのくらいにしとけ。このスジニってやつは猿みたいに身軽なんだから、お前じゃ無理だ。」
シウ族の騎兵が肩で息をしながら尻をついて座り込んだ。膝の間に頭を下げて咳き込み、頭を振るとそのまま大の字に寝転んだ。スジニは跳ね起きて左肩を回した。腕を押さえて顔を顰めている。
 「おいおい大丈夫か。痛い思いまでして何をじゃれてるんだ。」
腕の傷が恨めしく、痛みにスジニは舌打ちした。左腕の握力はまだ戻らない。包帯が外せず、肉が震えるような痛みがある。
 勢いで力比べのようなことになってしまった。若い兵とふざけて取っ組み合ったが、相手は子どものように真剣になり、気がつけばスジニもむきになって反撃していた。
 「スジニ、こいつらは大事な生き残りなんだぞ。加減しろ。だいたいお前みたいなのはー」
やっ、と小さな気合いを発して、スジニがチュムチの隙を狙った。足払いをかけ、素早く後ろに回り込むと膝裏を突いて背から倒そうとする。わっと歓声が上がった。しかしチュムチは身を反らしてしっかり踏みとどまり、振り向きざまに片手でスジニの頭を抑え、腕一本で遠ざけた。
 「俺に素手で挑む馬鹿がどこにいる。」
 「そうね。」
急に興味をなくしたとでもいうように、スジニは棒のようになってチュムチの大きな掌にもたれ掛かった。期待はずれの展開に、兵たちは三々五々、散らばり始めた。
 「新しい陣形を見ようと思ったが遅くなった。終わってしまったな。」
 内官を従えた王が立ち止まると、チョロは軽く頭を下げてその場に控えた。残った兵が、慌てて礼をとった。そばにいろと言ったのに、近衛隊長の件を話した後、スジニは王の前に現れなかった。考える時間を与えてやろうと探さなかったが、それどころか泥まみれで相撲をとっている。王に視線を捉えられてスジニは目をそらした。軽い革の胴着をつけていたが、頭の先から埃まみれで頬には土塊がついていた。何やってるんだ、王は声を出さず口の形だけで呆れてみせ、スジニの顔が赤らんだ。
 「取っ組み合いでうちの若いのをやっつけやが…りました。お前のようなのは奇襲と弓矢にこそ向いてるんだ。俺が加減しなかったら今頃その腕はもげてるぞ。」
 「チュムチと取っ組み合いをする勇気はわたしにはないな。」
王の冗談に周りの兵たちがどっと笑ったが、スジニはそれには乗らず、胴着の土埃をぽんぽん音をたてて乱暴に払った。
 「無理に動かすからますます治らないんだ。」
俯いた頬を王の親指がやや乱暴に拭った。驚いて顔を上げると、歩き去る王が背中を見せていた。

 

 「どうした。」
チョロの問いにスジニが振り向いた。
 「どうってー」
馬場に二人だけが残されていた。
 「苛ついてる。」
しん、と静かに聞き手に回る様子に、スジニはすぐ観念して言葉を継いだ。
 「昔はね、何があっても王様は無事だとわけもなくそう思ってた。なぜだろうね。天の力があって—カウリ剣を見たからかな。でもアブルランサでは恐かった。今にも死んでしまいそうで。」
チョロはただ黙って聞き入った。
 「王様を守りたい。ちょっとでも役に立てたら幸せなの。でも、こんなんじゃお側にいられない。近衛隊長なんて務まらないよ。」
 チョロは不思議でならなかった。華奢なスジニの身体は王の腕にすっぽり入ってしまうだろう。王は喜んでスジニを守るだろうに、この人はいつも自分が守る側なのだ。弓に生まれついたような人だからか、それとも大地の母、朱雀の化身は人を守り癒すことが第一なのか。チュシンの王を愛するということは、その身を万全にすることが至上なのかもしれないが、いずれにしてもこの人はこういう愛し方をするのだなと、チョロは決して口に出さないことを思いながらスジニを眺めた。
 「戦闘に自信がないのか。」
 「はっきり言うなあ。城主はなんでもお見通しだね。」
スジニは苦笑しながらそっぽを向いた。命がけの戦闘には独特の緊張と弛緩がある。勘としか言いようがないその波に翻弄され、先の戦では、無数の小さな傷を負った。今までこんなことはなかった。今までは身体が勝手に動いていたようなものだが、体力が落ち、それを補う技が必要なのは明らかだった。コ将軍の言葉が胸の奥に重く沈んでいる。チョロの言う通りだ。今の自分は戦う自信がない。お粗末すぎる。
 「守るにも色々やり方があるだろう。」
いつになく言葉を尽くすチョロの声は、スジニに届いていなかった。今はすっかりコ将軍の面差しに捉えられていた。
 「我流だろう?」
チョロが立ち上がった。何だ、と我に返って見ると、槍を構えてスッと足を引く。上半身と頭は全く動かず、狙いを見据えたまま数歩進めた。鋭く突いて手繰る。槍の型だった。
 「何事にも理屈がある。こういうものは無駄がない。一旦身に付けば自然に動けるようになる。」
スジニは弓や馬を武術として学んだことはなかった。そういう意味ではチュムチと同じ実戦派である。話は終わったというように、突然チョロは立ち上がって行ってしまった。
 何やら考え込んでいたスジニは、試すように左膝をつき右膝を立てた。土を蹴って飛び、一回転する間に矢筒から抜いてつがえると、右膝をついた体勢で射た。槍を肩に掛けて歩いて行くチョロの背後で、ごく細い若木の三寸にも満たない幹が胸の高さで射抜かれた。驚いた兵士が声をあげて振り向き、矢とスジニを交互に見た。チョロが振り向いて、ほんの少し口元を上げ、微笑みらしきものを浮かべて歩き去った。首を狙ったのに、飛ばない。本調子ではないのが厭わしくてならない。やはり何やら考え込んだまま、スジニは矢を取りに向かった。

 
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