屋根裏部屋
space
space
 <--TOP PAGE 朱雀の将軍 <- Back   Next ->  
space space space space
line
space space space space
  1・・2・・3・・4・・5・・6・・7・・8・・9・・10・・11R18・・12・・13(了)  
space space space
朱雀の将軍

2 帰還

 「天の力を返して、ただの人間の王になったらしい。お前はこれから、ただの王の側で、一緒に額に汗して働くんだ。」
膝をついた王は、そう言って笑った。
 「いいな?」
答えるかわりに、スジニの目を涙が一杯に満たした。王は一言を言うにも息が切れ、自分の腕を抱えて惨憺たる有様だった。アジクをその場に寝かせると、スジニは自分の服を裂いて、王の腕になんとか巻き付けたのだった。

 

***

 

 「皆どこで油を売ってるんだか…」
 不満げに呟きながら、スジニは闇雲に歩いていた。ヒョンゴ、チョロにチュムチも見当たらない。アブルランサから戻るとみな傷だらけで、そのまま宮のあちらこちらに担ぎ込まれた。それ以来医女はスジニからかたときも離れず、ただ寝たり起きたりを繰り返した。ようやく解放され、あてがわれた部屋を出たが、皆一旦起き出すとじっとしていないらしい。宮の中をうろついただけでくたびれ果て、スジニは、回廊の端に座り込んだ。チュムチにやろうかと、医女の目を盗んで手に入れた小さな酒瓶ですら億劫だった。
 スジニは王の怪我が気になって、いてもたってもいられなかったが、医女に聞いてもわからないの一点張りだった。自分のような者に、恐れ多くも陛下のことがわかるわけがない。その医女と同じく、幾重もの壁に隔てられている自分が少し悲しくなった。とても悪いかもしれない。アブルランサでの王の様子を思い返して、スジニの心は沈み込んだ。
 三神が天に帰ったといわれ、光が天に昇った話、狂ったような雪嵐の話、帰還した兵は口々に目にした不思議を語った。その時、神器の守り主であった皆には何が起こったのだろう。スジニの記憶は、朱雀の紅玉を握りしめたところで途切れている。
 大勢の足音が近づいた。物思いに耽っていたスジニは我に返って立ち上がったが、随行の一団とともに回廊を曲がってきた王と鉢合わせることになった。

 

 「起きられるようになったか。」
 王が柔らかな目でスジニを見つめて笑った。少し痩せたようだが、目の光は快活だ。親しげな様子にスジニの心は躍ったが、吊り包帯に包まれた腕を見て、たちまち笑顔が萎んだ。ゆったりとした絹衣の下で、包帯が厚く巻かれている。随行の内官が少し下がると、王を待つ体勢になった。一体いつから国務に復帰しているのだろうか。
 「人を張り付けておいたから、大人しくしていられただろう?」
あの医女はそういうことかと苦笑しながら、照れ臭さと痛々しさで、スジニはまっすぐに王を見られなかった。
 「おかげさまで、今日床を畳みました。王様は—」
 「お前もただの人間に戻ったわけだな、どうだ、寝付くほどの傷というのは?」
王は自分の怪我のことを話題にさせず、楽しげにスジニを遮って話す。そうか、癒えるのに時間がかかっている。スジニにとっては確かに目新しいことだった。
 「歩き回れるのなら、明日来てくれ。今日はこれから」
言葉を切って頭で背後を示す。ぞろぞろと従う一行が、つまり今日の王の仕事だった。一足飛びに王の側に戻った気がしてスジニはようやく微笑んだ。
 「伺います。」
王も微笑みを返して朗らかに言った。
 「お前が酒を飲むのは世が平和な証拠だからな。いいことだ。」
手にした酒瓶のことをすっかり忘れていた。
 「チュムチにでもやろうかとー、いえ、一緒に飲もうかと思って。」
ほほう、一旦通り過ぎ、背を向けた王が振り向いて片眉を上げた。
 「あいつはまだタルビの膝の上だ。おい、傷が塞がるまであまり飲むなよ。」

 

***

 

 練兵場のはずれの木立でようやくチョロを見つけると、スジニは傍らに座りこんだ。鎧をつけていないチョロは、いつものように無言でスジニの言葉を待っている。あの戦から帰還して皆どうなったのか、気になって仕方がなかったが、目の前のチョロは以前と変わりなく見える。話の糸口に困って酒を差し出してみると、チョロは少し躊躇った後、口をつけてむせ込んだ。
 「なんだ、生まれ変わって酒好きになったのかと思った。無理して飲まなくてもいいのに。」
 「何も変わらないな。」
酒瓶を押し返しながらチョロが呟く。
 「戦場で気を失って帰還できたのは幸運だが。」
 「気を失ったの?」
 「よくはわからないが、急に力が抜けて、少しの間よく覚えていない。」
 はじめて正気のまま朱雀の力を使ったが、スジニもやはり紅玉が失われた瞬間のことはまったく覚えていなかった。王は天に力を返し、人間の王になったと言う。スジニはそのような確信がもてないでいたが、なるほど傷が癒えずにいることは変化であり発見だった。矢の傷はいつまでもじくじく膿み、浅い刀傷でさえ多くが塞がっていない。体に熱が足りないような気がしていた。
 「三神は、もともと天から遣わされた。だから天に還ったのだな。朱雀はファヌン様の父上が先んじて人に与えられたが、元来地にあった力だ。だから地に治まったと見えたが、どうだろう。黒朱雀が身を以て火の力を地に封じたというのは、できすぎた話だろうか。」
 ヒョンゴが酒を抱えて座り込んだ。師匠の気配に気がつかないなんて、どうかしている。
 「気を失ったのですか。」
ヒョンゴは改まった調子でチョロに話しかけた。
 「私はいたるところが急に痛んで、おお、ついに敵に斬られたと死を恐れました。しかしまた目を開いた。真っ白な嵐を見て、これがあの世かと思ったが、ハハどうも違っていたようです。」
 黒朱雀。あんなに恐れたものとして姉は消えてしまい、自分はそれを見送る側になった。
 「傷が直らないうちは、あまり飲むな。」
初めて聞くチョロの声音に、スジニは驚いて顔をあげた。今日はみな同じことを言う。

 
space
 
space
    <- Back   Next ->  
space
line
space space space space
 <--TOP PAGE 1・・2・・3・・4・・5・・6・・7・・8・・9・・10・・11R18・・12・・13(了)  
 
  space  
line
  space  
  Copyright © kuro-kmd. All Rights Reserved. since 2010.  
  space