屋根裏部屋
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朱雀の将軍

1 雪の焦土

 はじめに玄武の神器が、ふっと黒い気を吐いて消えた。続いて百虎が、水銀のように光る液体となって流れ落ちた。青竜の神器は輝きを増したかと思うと、爆発するような轟音とともに一筋の青い光を残して消えた。祭壇は地鳴りとともに震え、バラバラと石のかけらを振りまいた。
 キハは中空に浮かび上がって静止したまま、燃えるような光彩に包まれていた。衣がなびく様はまるで炎に煽られるようだが、キハ自身が燃えているわけではない。荒れ狂う炎をいく筋も放出して赤い火花を振りまく様は、怒りの表象そのものに感じられる。あたり一面が石を溶かすような灼熱に、靄がかかったようになった。熱に耐えられず何かが燃え始め、あちらこちらで小さな炎があがる。アブルランサの城塞のような奇妙な建物が、軒先から火を噴きバリバリと不吉な音をたてた。生木が燃え始めるのも時間の問題だろう。肌が焦げるような空気の中で石畳に横たわり、チュシンの王は全身を貫く痛みに耐えていた。引き裂かれた肩からはとめどなく血が流れ出し、何本折れているのか、息をするたびに肋骨が嫌な音をたてた。妖魔のような火天会の大長老は、二千年の命を閉じるのと引き換えに、タムドクの体をその毒気で引き裂いた。流れるそばから血が乾いていく。喉を焼く熱気の中にスジニの絶叫が響いた。
 「やめて、もうすべて終わったの。どうかやめて!」
 不気味な地鳴りと振動が続く。祭壇に落ちた数滴の血に向かって朱雀の紅玉が転がった。炎を宿した紅い玉は、天孫の血に触れた瞬間、まるで鼓動するような明滅をはじめた。鼓動がスジニのそれと重なり、やがて胸の底を締め付けるような猛烈な息苦しさが襲った。スジニはアジクを抱いたまま膝をついて屈み込むと、必死で胸を押さえ込み、息をしようと喘いだ。キハの目が薄く開いた。
 『妹よ、どうか私を消して。』
 スジニは姉の声を聞くことができた。同調するように胸の痛みが応える。
 『私を助けて。これを止められるのはお前だけ—』
自分の炎で姉の炎を捕まえ包み込んだ—あの日、天地神堂で—そうだ、あの時の自分の火は姉とは違った。自分では消せないという姉の火をそれで捕まえたのだ—。その像を捉えたかのように、朱雀の紅玉は一層赤く燃え上がった。アジクをゆっくりと地に寝かせると、スジニは見えない何かに引かれるように、ふらふらと祭壇に歩み寄った。もはや痛みは感じていなかった。
 紅玉がいっそう震えた。閉じ込められた炎が震えている。使うものによって善にも悪にもなる—ヒョンゴの言葉が頭をよぎる。胸の奥底で、また別の声が響いた。それを胸に抱いて、気を集めて送るのだ—。これを手に取らなければならない。その声に導かれるように、スジニは震える手で祭壇から紅玉を取ると、両手で胸に抱いてただ一心に祈った。

 全てをおさめてください、これ以上誰も傷つけられないように—

 スジニの胸の中で、紅玉は膨張する紅い光に包まれた。やがてスジニもろとも、白く輝く眩しさへと変わり、ついに堪えきれないように光を噴き出して爆発した。一塊の閃光はまっすぐにキハへと走った。

 ひとつは全てを燃やし殺す火。
 ひとつは全てを包んで生かす火。

 ふたつの炎は互いに絡み合って旋風を巻き起こし、蜷局を巻いて空に聳えた。激戦を続けていた後燕軍と太王軍は、アブルランサを突き抜けて聳える火柱に度肝を抜かれて立ち尽くした。しばらく牽制し合うようにねじれていた炎は、やがて互いを認めたように解け合い始め、完全にひとつになると、今度は真っ逆さまに地に潜った。地を揺るがす巨大な地鳴りと共に、黒、白、青の三つの光が龍のように空へ駆け昇った。光が八方に広がって空を覆うと、すべての人々は眩しさに目を開ける事も出来ず、その場に凍りついた。降りしきる雪は激しさを増し、雷鳴と稲妻を振りまく狂風に襲われた戦場は、すべてがただ真白な巨大な渦の中に放り出された。数万の兵が武器を投げ出して、この巨大な力から身を隠す場所を探したが、ただ天の力に圧倒されてうずくまるしかなかった。
 このようにして戦いは終った。狂風は収まっていったが、雪はなおも降り続き原野を真っ白に覆った。まるで何事もなかったとでもいうように、すべてのものを白く包んだ。やがて静まった純白の原野を、チョロ、チュムチに続いてヒョンゴが立ち上がり、点々と歩き始めた。アブルランサへ、彼らの王の元へ、それぞれの全力で走り出した。

 


 アブルランサは礎石だけを残して跡形もなく消え、その中央には謎めいた巨石がそびえ立っていた。巨石の足下で、タムドクは震える膝をなだめてようやく立ち上がった。息をするたびに全身が軋み、脈を打つだけで激痛が走る。肋が折れているな。我ながらひどい有様だ—あたりは完全に焼け落ち、焦げ臭さと埃が立ちこめている。一体どのような破壊がなされたのか想像もつかない。ぼんやりと霞んだ視界に動く者があった。
 スジニだ。
 スジニはゆっくりと身を起こした。その下には子どもらしきちいさな影がある。タムドクはだらりと垂れた半身を引きずるように歩を運び、早くその顔を見ようと焦れた。
 痛み。身を裂くような痛み。天弓を折った時、血を吐くような痛みを感じ、これで天に命もろとも返したと思ったが、今感じるこの激痛はどうだ。これが生きているということか。
 「王様!」
座り込んで胸にアジクを抱きかかえたスジニがこちらを見て絶句した。
 「ひどい怪我をーああ、どうしよう」
気を失った子どもを抱えてうろたえる声に、血まみれの太王は思わず笑った。あれほどのことをし、あれほどのことを見て、なおこの焦土の中で生きている。怪我か—この痛み—、自分は確かに生きている。ただの人間の王として。笑みを浮かべたまま、王は膝を折った。背後にいくつかの懐かしい声を聞きながら。

 
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