屋根裏部屋
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少年は丘を越えて

 肩を貫いた矢を折り、慎重に矢じりが抜かれる。スジニは布を噛み、王の肩に突っ伏す格好でその腕をギリギリと掴んだ。痛みが王に伝わることをスジニは考えられなかった。脂汗を滲ませて終始無言だったが、矢じりが抜かれる瞬間、ひとつだけ、かみ殺した悲鳴を上げた。
 血止めの粉で傷が覆われ、布が当てられて厚く巻かれる。太腿の傷はすでに止血され、こちらも厳重に布が巻かれていた。肩を巻かれたそのままの姿勢で、スジニがあらぬところを見つめている。王はゆっくりと背中を支えながら、スジニの右肩を自分の胸に抱え込んで休ませた。
 「忘れていました。」
うん。王が頷いて髪を撫でる。いろいろな名分で今まで戦ってきた。その度に少なからず誰かが死ぬ。ウルのような者はもっと居るのだろうと、スジニはぼんやり考える。それでも自分が死ぬわけにいかないと思っていたが、今日はじめてそれが揺らいだ。
 スジニの心を読むように王が言う。
 「それでも死ぬことは許さん。お前が躊躇するなら、いつだってわたしがやる。」
髪を撫でると指先に乾きかけた血がひっかかる。それを丁寧に取りながら、王はスジニの髪を梳いた。
 「—あれを葬ってやらなければ。」
スジニの言葉に、侍医が躊躇いながら顔を上げた。
 「かろうじて息をしております。」
はっと息を呑む音がして、ゆっくりと、スジニが王の胸を離れた。

 

 ウルは短く息をしていた。稚い細い肩が懸命に上下するが、身体に足りる息を届けていないことは明白だった。胸に巻かれた布からはひとつ息をするたびに血が滲み、深い傷は内臓に達して止血はもはや不可能だった。
 「太王に斬られたんだから、死んで当たり前か。王様はおれのこと少しは妬いた?」
スジニの顔を見たとたん、この期に及んで憎まれ口をきく。スジニは人をすべて下がらせた。戸口に佇んだ王の気配をはっきりと感じて、スジニは心強かった。
 ウルは大きく息を吐き、口の端に血の泡が浮かんだ。それを乾いた舌が舐めとり、また苦し気に息を吐いた。
 「戦まで待てばよかったんだ。戦場でなら、お前の心臓を射抜いてやれたのに。」
 「そうね。」
スジニは静かに答える。
 「隊長、おれ死ぬのか。死んでもいいと思ってやったけど、やっぱ恐いよ。」
そう言いながら、少年の目はスジニを見ていない。瞬きをしないウルの目の端から、涙が一筋伝って流れた。スジニはただ座っていた。
 「ここに居るから。」
 「痛くないか、ごめんな、おれのものになってくれたら、こうせずにすんだのに。毎晩隊長をオカズに抜いてたんだぜ。おれは隊長の頭に矢を突きつけてる。隊長はすっ裸で、泣きながらおれに頼むんだ。助けてくれ、悪かったって。そこで必ずおれはイッちゃう。もう何度イッたかわかんないくらいだ。」
 歪んだ愛の告白を聞きながら、スジニはやはり無言で座っていた。状況はどうであれ、やはり自分が少年の親を殺したのだ。なにもかも聞いてやらねばならない。王は戸口に立ったまま、スジニがなぜ二本の矢を受けても少年に手を上げなかったのか、ようやくわかったような気がした。これはスジニにはできない。
 「隊長、きれいだね。今日もすごくきれいだ。痛いだろ、ごめんね、でもあんたが悪いんだ。仇のくせに、きれいで、やさしくて、王様に大事に囲われて。あんたのせいだ。」
少年の言葉は掠れはじめた。だんだん息が切れ、呼吸が浅くなっていた。終わりが近い。スジニは立ち上がってウルを真上から見下ろした。太腿の傷がずきずきと痛んだが、構わずに少年の暗黒の瞳を覗き込んだ。
 「ウル」
少年の瞳から、またいく筋かの涙が流れ落ちた。
 「すごく憎い。すごく好きだ。隊長」
上下する肩が止まり、目の光が鈍く落ちた。スジニはそっと濡れたままの瞳を閉じてやった。そのまましばらく、スジニは立ち尽くしていた。細い少年の顎、整った鼻筋を見つめた。唇からはすっかり色が去っていた。
 「スジニ」
いつからか背後に寄り添っていた王の手が、そっとスジニの肩にかかった。
 「立っていると傷が開く。」
すでに太腿に巻いた布が濡れているのを感じていた。ぐらりと揺れる身体を太王の腕が支えた。幼い日の少年を必死に想像してみる。憎しみに黒く塗り潰されて蛇になる前、ウルは普通の子どもだったはずだ。スジニは震えながら長い息を吐いた。自分がこの蛇をつくった。逞しい腕が身体を掬うように廻され、傷に触らないように注意深く抱き上げる。スジニはその首に腕を回して目を閉じた。抱かれて部屋を出ながら、目を開けてちらりと視線を走らせた。王が一刀で葬った美しい蛇の死骸があった。

(了)

 
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