屋根裏部屋
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少年は丘を越えて

 新兵が入って各軍は活気を帯びていた。スジニが預かる軍でも、大多数は弓隊に、選抜した弓の得手を騎馬弓隊にと振り分け、武器や防具を支給した後で早速訓練を始めていた。
 例の少年は弓隊に配され、様々な噂を振り撒いてはそれがスジニの耳にも入った。親がなく苦労したらしい、色街で育ったらしいというのもあれば、それどころか男娼だったとも、山賊に育てられたというのもあった。人に聞かれるたびに違うことを返し、しばらく経つとまた違う噂が流れている。人を喰った小僧だとも、無類の嘘つきとも言われていた。
 入隊して十日でずいぶん人気者だ。スジニはようやく弓隊の調練に出る時間を作り、練兵場に向かった。
 「あれだけ使えるのに馬に乗せないのか?」
騎馬弓隊に入れないのかということだ。城門をくぐりながら、駒を並べた隊長が吹き出した。
 「それが、馬がまったくだめで。恐ろしがって乗るどころではありません。」
恐ろしがるとは大げさな。聞いたスジニもつい笑った。

 

 練兵場では数人がすでにのんびりと的を射ていた。スジニが到着すると隊列を作り、刀で切ったように整然と並ぶ。最前列には周りからふたまわりも小さな少年が、真っ白な頬をして並んでいる。入隊以来外を走り回っているのに、少年は日に灼けるということがないようだった。スジニは馬上から声をかけた。
 「馬に乗れれば騎馬弓隊だが、惜しいな。」
少年の目が眩しそうに細められ、上目遣いに光った。支給品のぶかぶかの鎧の肩を揺すり上げると、仏頂面で答える。
 「子どもの頃に蹴られて肋が折れた。馬はごめんです。」
年相応の返答に、スジニは苦笑しながら馬首を巡らした。それは残念。そう言う間も、少年は怖々とスジニの馬から目を離さない。
 「どうだ、軍隊は。折角だから、何か聞きたいことは?」
少年がぼそぼそと低い声で呟いた。隊長が檄を飛ばす。将軍がお尋ねだぞ!男ならもっとでかい声で言え! ほんとにいいのかよ、少年が呟いた。
 「王様とデキてるって本当ですか!?」
甲高い声が練兵場をつんざいた。そこにいる全員がぽかんと口を開け、少年を促した隊長は真っ赤になって言葉を失った。間を置いて、スジニが呆れたようにあははと声を上げて笑い出した。みな神妙な顔つきで将軍が笑うのを聞いている。小隊長が焦って罵った。
 「娘っこみたいな顔してるくせに、このませガキ。」
 「女女って煩い。将軍だって女だろう。文句あるか。」
少年の啖呵に笑いが起きた。スジニも苦笑するしかない。
 「名前は?」
 「ウル。」

 

 それ以来、ウルはスジニにまとわりつくようになり、周りも呆れながらそれに慣れて行った。ウルはスジニのことなら何でも知りたがり、雑用を一手に引き受けようと必死に付きまとった。弓だけは触らせてもらえずに悔しがったが、弓筒を背負うと背後に回って紐を整えた。
 「あいつ、すっかり将軍のお小姓だな。」
ウルはスジニに夢中なように見えた。古参兵が昔の話など始めると、根掘り葉掘り尋ねる。昔からきれいだったなあ。もっと少年ぽかったけど。ああ、お前みたいに—いや、ウルのほうが随分女っぽいや。みなそう言ってどっと笑った。いなくなっちまったときは、そりゃあがっかりしたもんだ。
 「いなくなった?」
 「ああ。八年かそこら、急に消えちまって、先の大戦の前にひょっこり戻ってきたんだ。」
 「そして帰還して近衛隊長、将軍様だ。お前だって聞いたことあるだろ?朱雀の将軍。あの隊長がさあ。」
ウルの目が異様に輝いていた。
 「弓隊の隊長がどうしていなくなったんだろ?」
 「理由ありだったみたいだぜ。おれたち今でもつい隊長って呼んじまうことがあるよなあ。」
 「おれも隊長のほうがいいな。親し気で。」
ウルの言葉に古参兵たちは笑って頷いた。そっと談笑の場を抜けると、ウルは開け放した戸口からスジニを窺った。訓練時に将軍が使う支度部屋のようなものだが、弓場のそれはほとんどスジニの専用になっている。立ち上がったスジニが腕を回して鎧の背中を気にした。
 「手伝います。」
すかさずウルの声がかかると、スジニは驚いて振り返った。
 「お前、いつもそこらにいるね。じゃあちょっとこれを締めて。」
スジニが自分の髪を持ち上げ、ウルが背に回ったところで、戸口に人の気配がした。ペーハー、誰かの声がついてくる。太王本人が戸口から覗いた。
 「新兵はどんな具合だ。」
背後に少年を従えたスジニが、ぱっと花が咲いたように笑った。また髪を下ろす。下がって、短くそう言われてウルはそっと離れ、頭を下げたまま部屋を出た。
 「あれが噂の付き人か。」
部屋を出て行く華奢な姿を目で追いながら、王が悪戯っぽく言った。
 「美少年を侍らせているともっぱらの噂だ。」
そんなのじゃありませんが、人懐っこくて。どこで覚えたのか、弓の腕は素晴らしい。言いながら、スジニは王が笑っていないことに気がついた。
 「妬かないでください。」
スジニが冗談めかして囁くと、浮かない顔でふふんと笑いながら、スジニに後ろを向くよう促した。髪を肩の前に回すと、素早くうなじに唇をつける。そのまま素知らぬ顔で紐をほどき、一二度引いて締めると結び直した。
 「さっきの者、妙な気配だった。お前の背中で、してやったりという顔で笑っていたぞ。この間の徴兵で入れたと言ったな?」
王の懸念がわからず、スジニは曖昧に微笑んだ。王は王で、あの顔は何なのかと考え込んだ。視線を感じて、少年はあっというまにその表情を消したのだ。氷のような笑いは、妙に赤い唇とともに王の記憶の底に引っかかって留まった。

 

 開け放した窓の外壁に貼り付くようにしてそっと中を覗いていたウルは、一部始終を見ていた。王が素早く唇をつけるとスジニはくすぐったそうに笑った。
 「あいつ」
呟いたとたん、王の侍従の誰何の声が飛んだ。ウルは脱兎のごとく逃げ出した。その顔は奇妙な笑いに占められていた。走ったせいばかりではないらしい、頬が桜色に上気して唇がさらに赤く、赤い舌がその縁を舐めた。

 
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