屋根裏部屋
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少年は丘を越えて

 じりじりと照りつける陽射しの元、広い練兵場に民が溢れていた。城壁のすぐ外側のだだっ広い野原は、鎧をつけた兵のかわりに雑多な身なりの男たちで埋まっていた。馬や兵に踏みつけられて中央は土が剥き出しになっている。風が吹くたびに土埃が舞い上がった。縁の草原が踏みつけられ、青臭い匂いが立ちこめた。
 内政に慎重な太王がようやく徴兵に踏み切った。いつ戦になるとも知れない不安定な政情の中、新兵を鍛える時間を惜しんで、腕に覚えがある者を募るようなやり方になった。農村の働き手からあまり力自慢を引き抜くなと、王は渋い顔をしたが仕方がない。スジニもすぐに弓が引ける者が欲しかった。
 黒い革の胸当てという軽装で、スジニはぶらぶらと周りを見回しながらうろついていた。膝まで覆う軍靴でしなやかに歩く。他の将軍たちは出て来ないが、一体どういう者が集まるのか、興味本位で覗きにきた。列を作る者らは体格といい年齢といい実に様々だ。そのほとんどは作地にあぶれた農民だろう。自軍の小隊長が捌く人の列を端から眺める。猟師のような風体もちらほらと混じる中、一人に目が留った。スジニは手近にいた弓の隊長を小突くと、顎で指した。
 「いくらなんでも、あんな子どもは採れない。」
 「年でいけばそうなんですが、弓に覚えがあるというので試射させる組に入れてあります。」
 スジニは遠目をいいことに、じろじろと遠慮のない視線を投げた。線が細く薄い胸はまるっきり少年の身体だ。十三、四というところか。強い陽射しに人も土も一面に白茶気て見える中、白い肌は光るように目立った。整った少女のような顔立ちがますます少年を華奢に見せている。あんなのは軍隊では苦労する。スジニは苦笑した。着ているものは粗末で垢じみている。食うに困って兵隊になる者はたくさんいるが、この年頃は珍しい。親がいればまだ親元にいるし、そうでなければ日銭を稼ぐのに忙しくて軍になど来ない。しかも腕に覚えがあるというのがひっかかり、スジニは試射を見ていくことに決めた。その時、スジニの視線を感じたように、少年がこちらを見て口の端を上げた。薄赤い唇。確かに笑ったのだが、スジニは凍るような感じを受け取って、落ち着かない気分になった。
 「もうすぐ始めます。」
 小隊長の声に頭を巡らして頷き、もう一度顔を向けると少年は背を向けていた。なぜかほっと息をついて、スジニは練兵場の端にある弓場へ入って行った。 弓場といっても日頃は藁束が転がった殺風景なところで、今日のような日には王宮から的を持参する。数人の弓兵が使われて、忙しく立ち働いていた。弓場に入れられた男たちが的をみて叫ぶ。なんだ、あんなに小せえのかよ!当たるわけねえ!スジニは小隊長と顔を見合わせて苦笑した。
 弓を持たせて一応矢筒を背負わせる。五本ずつ入れてやり、並ばせて端から順に射させた。その玉石混淆ぶりは、スジニには面白い見せ物になった。腕に覚えと言いながら、物珍しそうに弦を引き、まるで矢など飛ばせない者、素人技とは思えぬ達人まで様々だ。得手な者を見つけて騎馬弓隊に振り分けたり、馬がだめでも弓隊の班長などにする。できないからとこの場でふるい落とすわけではないから、スジニも隊長らも目立つ幾人かを数え上げ、気楽に見守った。
 「将軍」
声をかけられて目をやると、件の少年が弓を構えている。
 「あれは少女か?」
背後の小隊長たちが呆れたように声をあげた。少女としても上玉だと、品のない品定めの声も混じる。真っ白な肌と薄赤い唇が少女のような印象を与えるもとのようだった。眉墨を補ったようなくっきりとした弓形の眉の下に、刀で彫ったような目が光っている。細い顎、つんと尖った鼻、軍よりは花街に向きそうな風貌だった。
 離れた席とはいえあまりにも外野が喧しい。その耳にも届いていそうだったが、容姿をとやかく言われるのはもはや慣れっこだとでもいうように、少年は立位で悠々と構えた。微塵も頭を動かさない。まず一本を的の中央に決めた。ほおっ、感嘆の声が上がる。続いてもう一本。片膝をついて構えると、ぴしりと決まった腰でまた中央を射抜いた。膝をついたまま、少年がちらりと振り返ってスジニを見た。さきほど感じた奇妙な冷たさはなく、スジニは今度はその視線を受け止めた。少年が軽く口を開けて笑う。薄赤い唇が弓形につり上がるとすぐに頭を巡らし、立て続けに矢を放った。座位からの素晴らしい連射。矢は三本とも、中央に残る二本の矢を避けるように三角形に散らされて的に納まった。まるで見せ物のように、ぎっしり並んだ民からやんやの歓声が上がった。弓隊の者はスジニの連射を思い出し、まるで将軍のようだと興奮した声を上げた。
 また少年が振り返り、今度はじっとスジニに視線を据えた。スジニは歯を見せて笑うと、拳で鎧の胸を二度叩いた。少年は眩しそうに目を細めてそれを見つめ、はにかんだように同じ仕草を返した。

 

 酒を啜りながら熱心にスジニが語るので、王もついその少年に気が向いた。そのうちお前の秘蔵っ子を見せてもらうか。スジニは杯を卓上に休めて面白そうに笑った。
 「言うほど知るわけではありません。まだ五矢射るのを見ただけですから。なんというか、容貌も異様です。少女のような艶かしいような。」
ほほう、と王が眉を上げてみせた。
 「見た目も麗しくて気に入っているわけか。」
指先で将軍の顎を持ち上げると、目を覗き込んで微笑んだ。
 「いずれにしても、新兵はまあまあの収穫だったようだな。」
そう言って唇を吸った。わずかに酒の味が入り、それを楽しむように舌を甘く噛んだ。
 「これからが大変そうです。」
惜しむようにしていた王がようやく唇を離すと、スジニが呟いた。なにしろ弓を引けない者にイチから教えるというのは初めてのことだった。
 「お前が手取り足取りすることではあるまい?どうせ皆に任せて、お前はそいつに構っているんだろう?」
憎々し気に言いながら、先に立って寝台に誘う。笑いながら杯を置いてスジニも立ち上がり、巡らした薄幕の蔭に倒れ込んだ。

 
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