屋根裏部屋
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少年は丘を越えて

 ひとり。夜明け前の暗がりで腕を大きく掻き寝台を見回す。頭を載せかける厚い胸はなかったが、それでも何かに寄り添うような形で自分が眠ることにスジニは気がついた。
 普段の王は、夜更けや朝方になって居室に戻ることもたびたびだった。待ちながらも先に眠ってしまい、それでも朝になるとかならず腕に抱かれている。自分を見つめる視線で起き、口づけを交わすと太子宮に戻るのだ。相変わらず王の眠りは短く浅くて、スジニはいつも心配になるのだが、本人にとってはすっかりそれが普通のようだった。昨日、王様は眠っただろうか。目を閉じると笑みが浮かんだ。
 —わたしはすべてお前のものだ。
不思議なことに、今この時の王の不在を楽しんでいた。

 

***

 

 朝一番で出向くと、王はすでに内官たちと会議に入っていた。これは夜通しだったのかもしれない。スジニは中の様子を気にしながら、入り口に控えた。伽耶と新羅の倭を巡る政策が錯綜し、高句麗を巻き込もうと新羅は必死になっているらしかった。
 「この貸しが最後だ。もう後はない。」
低い王の声に、場の全員が殺気に似たものを感じて凍り付いた。太王は本気だ。
 「伽耶が動く寸前まで、返事をなるべく先延ばしにする。一旦宰相を帰せ。」
方針が決まるやいなや、書記たちが走るように飛び出していく。王事と内官が額をつきあわせている。今夜中にでも細部を詰めるようにと檄が飛んだ。
 「将軍」
控えていたスジニは足早に王の元へ向かった。全身黒っぽいなり、普段着の王だ。きりりと髪を結い上げているが、目元には深い蔭が落ちている。長く思考を重ねたときの貌だった。こちらも身軽な拵えで、黒い革の胸当てに膝まである軍靴を履いたスジニが音もなくしなやかに動いた。
 「近衛隊に出てもらうことになりそうだ。宰相を送り返す。」
 「無理矢理お帰り頂くのですか。」
顔を見合わせて口の端で笑ったところに、侍従が声をかけた。新羅の宰相が参っております、と。毎日朝から宮殿に詰めて返答をせっついていたのが、帰れと言われて押し掛けてきたか。瞬時に笑いを消したふたりが同時に顔を上げ、スジニは影のように従った。
 隣室に出るとすでに初老の小男が控えている。ゆったりと着席した王はなかなか口を開かない。焦れたように宰相が伏せた顔を上げた。窪んだ小さな目が燃えている。政治のかけひきの場であったが、一体どうしてミヒのような娘が生まれたかと、スジニは萎んだような小男を不躾に見つめた。
 「聞いての通りだ。一旦帰国して親書を待て。」
 「こうして出向いて参りましたからには、お返事を頂いて帰らねばなりません。」
刺すような視線が向けられる。王の瞳に青い炎を見た老政治家は、思わず唾を飲み下した。
 「朱雀将軍と近衛隊が途中までお送りする。」
力ずくで追い返すのか。そのまま王は席を立った。立ち去り際、付き従うスジニがちらりと振り向いた。朱雀の将軍。以前に城下で見かけた姿がまざまざと浮かぶ。今眼前にある姿は男のようにも女のようにも見え、黒猫のようなしなやかさで隙なく王の背後を護っている。娘が見に来たのはこの女人かと、宰相はその姿を見送った。

 

 城門を出ると、指示通りに半日の距離を走る。道中の警護も連れた公使の一行はそれなりの人数で列を作り、それを近衛隊が前後から挟んだ。先頭をスジニが駆ける。固く一筋に結わえた髪が背で踊っているのを、馬車の窓からミヒが眺めた。
 「朱雀の将軍—」
うっとりと娘が呟くのに、不機嫌な宰相が応える。
 「気が済んだか。」
美貌の娘が高句麗王に嫁いだらと、そう考えたこともあった。娘の目には見目麗しい丈夫だろうが、あの男は恐ろしい。あのような気骨の太王に異国の、しかも新羅のだ、ましてや自分の愛娘が嫁ぐなど想像しただけで恐ろしかった。
 間もなくスジニが手を挙げると、一斉に隊列が止まった。一糸の乱れもなく整列する中、軽やかに片手で手綱を操ってスジニは馬を馬車に寄せた。黒髪にも漆黒の鎧にも土埃をかぶっている。ほつれた前髪を煩そうに払い上げた。微笑んだミヒの視線がじっと据えられ、スジニは軍人の顔でそれを正面から受けた。
 「道中お気をつけて行かれよ。」
そっけなく宰相に声をかけた。居並ぶ隊列の前を新羅の一行が通り抜ける。土埃が盛大に舞い、スジニは勢い良く馬首を巡らした。

 

***

 

 もうすぐ夜が明ける。窓の外が白みはじめた頃、腕に重みを感じてスジニの瞳が薄く開いた。何か暖かいものが自分に乗っかっている。空いている腕を回して探ると、革の胴着に包まれた暖かい塊が唸った。
 王様が眠っている。
 スジニの脇にもぐり込むようにして、王が眠っていた。閉じた睫毛が濃い影を作っている。規則正しい寝息がスジニの横腹をくすぐっていた。首だけを起こし、まじまじとその横顔を見つめる。目を閉じて考え事をしていたりすることはあるが、こうして眠っている王をスジニははじめて見た。腕がどかりと腹に回され、スジニは身動きがとれなくなっていた。連日の激務で、いささか頬がそげたように見える。髭が伸びたようにも見え、その中に白いものを見つけてスジニは切な気に眉を寄せた。
 空がもう一段明るくなり、絹の上の横顔がさらにくっきりと際立った。もぞもぞと右手を動かしてみる。様子をうかがいながら、そっと右腕を抜く。指先で頬に触れ、次いで掌を沿わせた。固い髭を撫でてみる。そのまましばらく、指先が端正な顔をなぞった。鼻筋、影の落ちた目元。そして唇。柔らかい感触に怖じ気づいたように指先が跳ね、逞しい二の腕と横になった脇腹を撫で下した。
 「首から下はだめだ」
伸ばした手が掴まれ、頭を起こす。悪戯っぽい笑いが浮かんでいた。その掌に唇を寄せて微笑む。せっかく眠っていらしたのに。スジニは目を瞑ってため息をつき、そのままの姿勢で腕を回して王を抱いた。
 「もう少しお休みください。」
抱かれた腕をやんわりほどき、片肘をついて半身をずらす。顔の高さが合った。じっと見つめる目が、このままでは眠れないと口づけをせがんだ。困った方。やさしく顰めた眉が応えると、細い手が伸ばされる。髭を撫で、頭ごと引き寄せるようにして唇が迎えた。
 熱をもった柔らかさ。半ば開いて甘く挟み込む。なぜこんな風に動く?このやわらかな部分はほんとうに自分なんだろうか。引き込んで誘うように吸うと、逆に深く差し込まれた。受け止めながら頭の芯がぼんやりとぶれ始めたところに、唇と舌のたてる音が妙に大きく飛び込んだ。
ちゅ、と。
 スジニの中で、何かが熱く溶けた。息を止め、王の頭を引き寄せる。顔を首筋に埋めさせて、そのまま深くかき抱いた。小さく唇が動いて肌を噛まれる。身体の芯が痛い。こんな痛みは知らない。さらに腰を引き寄せて脚を巻き付け、スジニはその痛みに恍惚となって浸った。
 いつもと違う様子に、王はじっとされるがままになって頭を抱き寄せた。鼻先を埋めた髪の中で囁く。どうした?それからまた目の前の肌に唇をつけた。どうした、うん?ぴったりと巻き付いた身体が反る。頭を起こし、掌で頬から首へゆっくりと撫で下ろした。
 「この先は許してもらわなければな。」
笑ったのか何なのか、くすんとスジニが鼻を鳴らした。
 「まだ三晩めだ」
すんなりと白い脚がぎゅうと締められ、しどけなく裾が乱れた。
白んできた空が明かりを届ける。青白い光の中、王が身を起こした。横たわったスジニの唇に指をあてるとしっとりと熱い。王はゆっくりと胴着を脱いだ。

 

(了)

 
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