屋根裏部屋
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少年は丘を越えて

 スジニは突っ立ったまま座ろうとしない。王はため息をついて口を開いた。
 「女は女の味方ということか?わたしの側から話を聞く気はないのか。」
長椅子の片側に肘をつき、スジニの全身を眺める。結い上げた髪で首から肩が露になり、軽く俯いて立った姿はその線が際立っていた。たしかに、ミヒはスジニの美しさをよくわかっていた。
 「あの娘にはだいぶ困らせられたからな。それで仕返しのつもりもあって。」
スジニの目が見開いた。ずいぶん子どもっぽい。それにしたって、別に色事で返さなくてもよいではないか。
 「そんなに欲しいというなら、最も望まぬ方法で与えてやろうと思って。お前の言う通り、悪戯としては残酷で最悪かもしれないが、その…」
スジニが振り向き、顎で続きを促す。王はその目を見ながら小声になった。
 「我ながらいい思いつきだと思ったら止まらなかった。」
婚前だぞ、こんなことは初夜で忘れるだろうと普通は思う。王が呟き、そこにスジニの呟きが重なった。
 「ダメだ…ダメだこれは」
王がぎょっとして改めてスジニを見る。ダメ?
 「本当にわかってないんですね。あの人は、王様を最初のひとにと望んだんです。手でも足でも何をやっても同じです。忘れたりするもんですか。」
 「足は使わないが…」
王の言葉は尻すぼまりに消えた。もうお目にかかることもございませんがとミヒは言った。その心にはじめての男として王が住んでいるとしても、ある完結をしたらしい。王は元より、質の悪い悪戯などと言う。それでは自分は?こんな風に波立っている自分だけが残されている。
 美しい装いには不似合いに、スジニは爪を噛んでいた。
 「あれは天然自然にそうだからか育ちのせいか、自分が拒まれることなど思いもよらない幼稚な計略家だ。あまり振り回されないでくれ。」
確かに石を投げ込んだのはミヒだが、石は心の奥底に沈み、スジニは波立った心に囚われていた。そこには王と自分しかいない。
 「昔のことを怒られても正しようがない。どうすれば気が納まる?お前の気が納まるならば何でもする。」
ちらりとスジニの視線が流れる。
 「それではここへ通ってください。」
そう言ってまたつんと横を向いた。
 「だから太子宮からここへ移ったのか?夜毎にわたしを呼ぶために?」
王の声が甘くなった。それはいい。正しい後宮の使い方ではないかと、腕を取って引き寄せようとするがスジニは動かない。
 「スジニ」
 「指一本触れずにお帰りになること。」
 「なに?」
 「それを続けてくださったら許して差し上げます。」
毎夜通ってこいと言うが、触れるなという。それは一体どういうことかと王は頭を抱えた。
 「おい、それはその—お前を目の前に置いて、禁欲しろと言っているのか。」
 「そう—言ってみればそうです。」
どうしてそんな無理難題を考えつくのかと、王はちらりとスジニを見やった。着飾って無理に取り澄ました様子が、妙に可愛らしく感じられる。王の目がだんだん悪戯っぽく輝きはじめた。
 「指は触れないが…ならば唇はいいんだな?」
 「えっ」
 「口づけするなら肩を抱いてもいいかな?」
 「ええと、まあ、それは」
 「それならば頬を撫でないのは不自然だ。」
 「ええ?」
だんだんとスジニの頬に血の色が差している。
 「耳を噛むのもいいということになるな。首はどうなんだ。いいのかな?」
 「もう、わかりました。首から上はいいことにします!!」
低い声でうっとりと畳み掛けられて、スジニは赤面して言葉を被せた。
 「それでいつまで?」
 「百夜です!百夜通ってくださったら許します!」
咄嗟の思いつきだった。王がわずかに笑った。百だって?
 「急ぎの案件が入れば明け方になるぞ」
 「お顔さえ見せて頂ければ—。わたしはお待ちしています。」
常ならば甘い響きだ。お待ちしていますか。悪くない。それでも王はむくれたような声を作った。
 「それでわたしは何もせずに戻って独り寝て執務に行くわけだな?」
 「それは—そのようになさってください。」
ふうん。
 「お前、朝から鎧を着る時はどうするんだ。」
 「近衛兵がついていますから手はあります。とにかくしばらくお部屋には行きません。」
ようやく王が視線を外し、俯いて白い歯を見せて笑った。
 「わかった。それでお前の気が済むのなら。今日は一日目に入るのか?」
立ち上がってスジニの背後に手を伸ばすと、後ろから手首を掴んだ。そのまま片手で両手首を束ねる。咄嗟に身を捩ったスジニが裾を踏み、縺れた脚ごと抱き込まれた。そのまま身を被せてあっという間に長椅子に押し倒した。
 「今日は、ええと、今日からです!今日から!」
 「それではもう首から上だけか。」
裾を踏んだきまりの悪さも加わって、スジニはうっすらと赤くなっていた。ミヒのことでか微妙な会話のせいか、ごっちゃになった感情が溢れて瞳が燃えている。その寸前に王の瞳があった。目を開けたままでゆっくりと唇が寄せられた。
 唇が合わさってようやく瞳が閉じる。柔らかく何度も啄まれて、あっという間に舌が絡んだ。ところがすっと引く。何度も引かれてスジニが追った。おずおずと差し込むと強く吸われる。繰り返すうちに恍惚となった。すると逆に強く押し込まれる。そうするうちに呼吸が合って、スジニは初めて自分から絡み、激しく吸った。繰り返すうち、ふたりともが息を継ぎ、震えた。
 「スジニ」
唇が離れると、なおも震えている。呼ばれて恥ずかしそうにスジニの目が開いた。
 「とてもいい」
うっとりと囁かれ、赤面して目が合わせられない。そのまま王の胸に顔を埋めてしまった。それでも顔を挟まれて離される。ゆっくりと唇を合わせ、押し付けたままでよしよしと揺すぶった。
 「恥ずかしがるな。とてもいいから。」
そのまま、恍惚が訪れるまでまた互いを貪った。ようやく唇を離しながら、スジニは髪をまさぐられるのを感じていた。すっと頭が軽くなり、黒髪が溢れる。王は笄を手に、頬を撫でると身を起こした。
 「これは預かっておく。すまなかった。」
何に謝っているのか。床まで届く黒髪を垂らしたまま横たわるスジニを振り返り、微笑んで消えた。

 

***

 

  既に陽はとっぷりと暮れ、王はぶらぶらと後宮に向かって歩いていた。紐をかけた酒瓶をぶらさげて、それを時々ぐるりと回す。振り回されて、酒がチャポンと音をたてた。自分で持つと言われて、手持ち無沙汰な侍従は灯りだけを捧げ持って前を歩いた。早速配置した衛兵が見えるが、近衛隊士の姿はない。衛兵は王の姿に姿勢を正して敬礼した。
 「近衛兵はいないのか。」
 「はっ、将軍がまだお帰りではありませんので。」
なに?訝し気な王の視線に困り果て、衛兵はお留守ですと繰り返した。悪戯っぽいような自棄っぱちのような調子で侍従を下げ、王はスジニの部屋を覗いた。かろうじて蝋燭は灯されているが、部屋は冷たく静まっている。主は不在だった。
お待ちするだと?空っぽの寝台に腰を下ろすと、王は酒瓶の紐を解き、ゆっくりと一口含んだ。

 
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