屋根裏部屋
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満ちる

4 Fatherhood

 産み月が近づいてくると腹が急に膨らみ、これではにっちもさっちもいかないと、さすがのスジニも大人しく部屋に籠った。産室が整えられ、産み綱に掴まってみてその時を思う。天井から下げられた太い綱は、用を為さない今はなんとなしに間が抜けていた。綱をしっかり握って身体を預けてみると、それだけで額を汗が伝う。
 「夏のお産は大変ですよ。」
産婆が言う。夏だろうが冬だろうが、この腹を抱えているのはもはや限界だった。はやく出ておいで、綱からぶら下がったスジニが自分の腹に話しかけると、産婆も医女も、タルビも揃って笑った。
 「タルビさんをあまり長いこと借りては、チュムチが取り返しにくるかもしれない、早く出ておいで。チュムチというのはね…」
腹に話し続けるスジニに、本気とも冗談ともつかない調子で、タルビは笑いながら言った。
 「あの人も後宮には入れませんから、安心してお手伝いできます。」
 先王は妃を置かなかったので、後宮には長い間主がなかった。太子宮ほどの広さがある別棟は、ほんの一角をスジニが使うために整えたが、ほとんどの部屋はがらんと空いて人気がない。使用人も多くないからこうして歩いてもほとんど人に出会わない。これではさすがのスジニも淋しいかと、少々可哀想に思える。越して来て以来、タルビが頻繁に訪れるが、ほかの話し相手はせいぜい医女か近衛隊の女兵士くらいだろう。大げさなことを嫌う王は先触れもさせずに通う。いつも侍従をひとり従えただけで、あれこれ様子を見ながら歩いた。
 「みな知っています。将軍が…」
くすくす抑えるような笑い声がする。王は立ち止まって侍従を下がらせると、柱の蔭で耳を澄ました。

 

 「陛下はずっと将軍を待ち続けていらしたそうですね。あの陛下を待たせるなんて…さすがは将軍です。」
 「大決戦から戻られて、近衛隊長になられて。愛する方をお守りしてずっとお側にいらっしゃるなんて、どんなご気分ですか?ああ、わたしもお守りする人が欲しい。将軍?聞いてくださってますか?」
 「恥ずかしくて聞いていられないわ。お前たち、案外乙女なのね。」
 「だって…太王陛下ですよ?容姿端麗、頭脳明晰、剣をとっては比類なく、この国で憧れない女はいません。」
 「うふふ」
 「将軍、今うふふ、と?」
 「あの太王陛下も声を荒げたり慌てたりなさるのですか?」
 「ええまあ、それは、まあ、王様も人間ですから。」
 「えっ、一体それはどのような」
 「有名な—ほら」
 「—野営地の寝台」
 「あっ、くす、そうだ、野営地の寝台」
 「是非伺わなくちゃ。将軍、野戦の寝台では狭くないですか?とても堅いですし。」
 「な、な、なんでそういうことを—」
 「それとも陛下の寝台は特別とか?」
 「もう、もうこの話は終わり!」
 「あの冷静沈着な陛下が、ずいぶんお怒りだったとか。」
 「鬼神のような働きをなさった将軍に、命を粗末にするなとずいぶん『お叱り』になったそうですね。」
 「—野営地の寝台で」
 「もう、もう、もうこの話は終わり!はい、おしまい!」
 「陛下って、その、、、」
 「なに、何なの。今更しおらしくなって。」
 「…寝所では…」

 

 あまり淋しそうでもない。充分楽しそうではないか。侍従を遠ざけておいてよかった。王は間合いを計っていきなり部屋を覗き込んだ。
 「ずいぶん楽しそうだな。わたしも仲間に入れてくれ。」
 場が凍った。
 近衛隊の女兵士が三人、その場で跳ね上がって直立した。血の気が引いている。スジニも焦ってもがいたが、自力で起き上がることができずに寝そべったまま腕を泳がせた。
 「王様、いつからそちらに」
 「ずっとだ。」
顔面蒼白な三人を一瞥して、王は楽しそうに笑った。
 「どうして先触れもなくぶらりといらっしゃるんです。タルビさんは一旦帰りました。帰さないとチュムチが煩くて」
 「ぶらりと来ると困るわけだな。ああ、わたしの寝台はみなと同じだ。」
 「あああああ!もう!」
王が楽しそうになればなるほど、近衛兵は青く縮み上がった。
 「わたしの護衛をそんなに苛めないでください。」
 「苛められていたのはお前じゃないのか。どんな手練でも、女が三人寄ると同じことになるんだな。」
 近衛兵を解放してやり、王はスジニが横たわる長椅子に座り込んでその脚を膝に乗せた。足首から上へとさすってやる。スジニがうーんと猫のような声を出した。背を支えながら、屈み込んで口づけた。
 「脚を高くすると楽だろう。」
スジニが甘えるのが王は楽しかった。風船のように膨れ上がった腹を撫でながら、スジニは気持ち良さそうに目を閉じた。スジニはどんどん変わっていく。腹が膨らみ、身体は丸みを帯び、表情が和やかになった。
 「お前はどんどん母親になっていくな。」
一方、男は置いてけぼりだ。父になるというのは随分あっさりしたものだな。スジニは薄く目を開けて笑った。
 「乳を飲んでいるうちは、子は母のものかもしれませんが、言葉を話し始めたら父の出番ですから、もう少しお待ちください。」
理を教えてやってください。母は情が勝ってしまいますから。
 「お前は聡いな。」
 「わたしは親を知りませんから、勝手に色々考えてしまうだけです。」
褒めても何も出ませんと、スジニはまた目を瞑った。
 スジニが目を覚ましたとき、陽は西に傾き、王は同じ姿勢でスジニの脚を撫でていた。風が出てきて、ようやく過ごしやすい空気を運んできた。夏の日が暮れようとしていた。
 「ずいぶん眠っていましたか?ああ、もう日が暮れる。」
 「今日は久しぶりにお前を抱えて寝よう。もう腕に納まらないな。」
抱えてと言われ、申し訳ありませんと口をついて出た。
 「そんなことを謝るな。禁欲には自信があるからな。八年待ったことがある。」
スジニが苦く笑って 、もう一度謝った。

 
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