屋根裏部屋
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満ちる

2 Brotherhood

 ことに寒い朝だった。どこからともなく侍従が上着を持って現れ、王に着せかけた。そうするいちいちの動作が、いかにもゆったりと堂々としていて、逆にコリョンは落ち着かない気分になった。父といってもこの二年ほどを一緒に暮らし、暮らすといっても大きな宮の中でそう会うわけではない。王様はお忙しい、会う大人ごとに刷り込まれたことだった。
 「ここは大殿だ。」
 「まつりごとをするところ。」
即答してきょろきょろと興味深げな様子に、王は目を細めた。聡いという教師たちの言葉が浮かんだ。
 「そうだ。政をするところ。」
王はまっすぐに玉座に向かって歩き、その脚に凭れて床に座り込んだ。一段高いところに置かれた玉座の床は段差がちょうど椅子の役目をしたが、コリョンにはまだ高すぎた。王は自分の横をとんとん叩いて座るように促したが、引っ張り上げてやるとコリョンの足は宙でぶらぶらと揺れている。首を回して不思議そうに玉座を見上げるコリョンに、どうした、と問うと、玉座と父の顔を見比べるように目を移した。
 「王の椅子に座らないのですか。」
白い歯が溢れた。俯いて笑った太王は、肩を回して玉座の座面を撫でた。
 「コリョン、王の椅子は玉座という。これに値する王になるまでは座らないことに決めている。」
父ヤン王のこと、ソスリム王のことを思い、王は懐かしいような厳しいような面持ちになった。稀に見る賢君だと名高い父がそんなことを言う。コリョンはスジニと並んで自分の英雄である太王の真意がわからず、ただ頷いた。
 「わたしの父君、お前のお祖父様だ、その兄上であるソスリム王にはじめてお会いしたのがここだった。お前くらいの歳に。」
この父がかつては子どもだったなんて、コリョンにはとうてい想像できなかったが、やはりただ頷いた。
 「イモは病気ではないと聞いたな?」
急に身近な話題になって、ようやくコリョンは声に出して返事をした。
 「はい、おめでた、だって。イモは赤ちゃんを産むのでしょう?」
 「そうだ。お前は兄になる。妹か弟か、お前のきょうだいが生まれる。子を産むのはたいへんなことだから、イモは時々具合が悪くなるかもしれないが、あまり心配するな。」
コリョンははじめてスジニと赤子の姿を並べて思い浮かべた。それから、昔いろいろな街で見かけた小さな子どもの姿を思い浮かべた。それがスジニの隣にいて、自分を兄と呼び、スジニをオモニ—オモニムと呼ぶ。
そこまで考えて、コリョンはじっと目を落とした。
 「どうした。」
 「ぼくの—わたしのきょうだいは、イモをオモニムと呼ぶんだ。」
そんなことを考えていたのかと、太王は驚いて我が子の顔をまじまじと見た。スジニはこの子を我が子のように慈しみながら、自分のことはイモと呼ばせ、姉と王の子として筋を通して育ててきた。みなが自分に似ているという顔。キハの面影は薄いが、それでも王から見れば確かにそれはある。自分も母を知らないのだ、王はそう言いかけて口を噤んだ。母が自分を産んで命を落としたことを思うと、スジニに心配が押し寄せる。ましてやそれをコリョンに伝えるわけにはいかなかった。
 「お前の母は、美しく聡い人だった。」
今までに聞いたことがない母の話に、コリョンは目を丸くした。誰もその話をしない。イモでさえ。いつの間にか聞いてはいけないことになってしまっていた。コリョンにはいつのまにか出来た禁忌が多かった。
 「とても激しい人でもあった。だから一生が短かったのかもしれないな。お前をとても慈しんでいた。」
そうだ、一滴の血で、狂おしく燃え上がってしまうくらいに。
 「オモニムはイモに似ている?似ていますか?」
一生懸命想像しながら、コリョンは具体的な手がかりが欲しかった。コリョンが言葉に気をつける様子に、王はかすかに微笑んだ。宮に住まうようになって、子どもなりにいろいろ感じているのだ。王に対する態度など、さぞ困ることだろう。父と言われても見知った市井のそれとはきっと違う。
 「どうかな、はじめは姉妹とは思えなかったが、ふたりとも強いな。イモはとても強いだろう?」
誇らしげにコリョンは大きく返事をした。
 「お前の母の一生は激しすぎて、みなそれを思い出すのが辛いんだ。だから誰もお前に話したがらない。もし母のことが聞きたくなったら、わたしのところに来い。」
わかりましたと、コリョンは昂って答えた。それからこれは、二人だけの秘密だ。王のその言葉も昂りに拍車をかけた。王は首を回して大殿の中を見渡した。高い天井。高官の席である大きな石段。そして玉座。はじめてここへ来た日、父の兄である王に会って、自分にも係累があるのだと、父以外の血族をはじめて実感した。太王にとって血のつながりは忌まわしい記憶がつきまとうものになってしまったが、そこに現れてくれた我が子、そしてもう一人が加わろうとしている。せめてもう少し、ましな家にしなくてはと、太王はもう一度玉座を撫でた。
 「祖先がおられて、その一番下に連なっているのがわたしとお前だ。そしてもう一人、加わろうとしている。」
 「わたしの弟か妹。」
 「そうだ。お前と同じようにわたしをアボジと呼ぶ、お前のきょうだいだ。」
王はコリョンの頭に掌を置くと、髪の毛をくしゃくしゃとかき回して立ち上がった。石造りの大殿は冷えきって、ふたりとも凍える息を吐いていた。子どもを連れてなぜこんな寒いところに来たかと、王は苦笑した。考え事をする時になぜか足を向けてしまうところだった。

 
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