屋根裏部屋
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 回廊のあちらこちらで礼儀正しい短い挨拶が交わされた。コ将軍はきびきびと軍人らしい足取りで近づき丁寧に答える。ずいぶん白髪が増え温和な表情になった。百戦錬磨の近衛隊長が左肘から先を失ったのは、一年も前のこと、後燕との決戦といわれた大戦だった。片腕を失った老兵は、これではお役に立てないと職を辞した。今では近衛隊の相談役として、新人隊員の選抜など細かい仕事の面倒をみていた。私兵が廃され太王軍として統合された今、ケル部族以外にも門戸を開こうと、近衛隊も改革の真最中だった。
 時折訪れるのはその報告という名分だったが、本当はただ太王にお会いしたいのだ。幼い頃から仕え、今では堂々たる名君となった王の姿を間近に見るのは、コ将軍の無上の喜びだった。自らを愚鈍に見せろという、子どもにとっての無理難題をこなしていた太子を、不敬と知りながらまるで息子のように思った。そのまま真っすぐチュシンの王として開花したタムドクをコ将軍は敬愛し、命がけで守ったのである。そうして受けた傷だった。

 

***

 

 「陛下、コ・ウチュンが参りました。」
侍従の取り次ぎに、タムドクの顔がほころんだ。
 「これは後にしよう。返事は待たせておけ。」
多忙な王に遠慮がちなコ将軍にとって、久しぶりの執務室だった。その肩をタムドクは古い友人にするようにしっかりと抱いた。宮殿という伏魔殿で数少ない味方だった近衛隊長に、王は全幅の信頼を寄せていた。兄のような父のような存在は頼もしく、一線を退いた今も位は将軍のままに置いて大切に遇していた。
 「ソノ族の槍術を見て参りました。正式に取り入れるのもよろしいかと思います。」
 「そうですか。あまり無理をして遠出をしないでください。」
闊達な笑みを浮かべるタムドクは最近がっしりと堅牢な体になってきた。神経質そうな少年の姿が重なって、コ将軍はうっかり涙ぐみそうになった。
 「そんなにしんみりしないように。将軍にはまだまだ働いてもらいますから。」
わざと明るいタムドクの口調に、古兵は目をしばたいた。
 「実は族長が、槍を披露したいと控えておりまして」
王の瞳が輝き、三人の書記の顔が暗くなった。
 「ぜひ見せてもらおう。それは皆で目を通して分けておいてくれ。」
王はこれ幸いと書状の山を抜け出した。

 

***

 

 練兵場では黒づくめの屈強な青年が七、八人ほど固まって、辺りを睥睨していた。周囲を囲む近衛兵との間には、なにやら剣呑な空気が漂い始めている。コ将軍が先に立ち、太王の一行が音もなく到着すると、嫌々ながら気を鎮めたようだった。王が着席すると、向かって左には逆立った髪に斧を担いだ大男、右には蒼く光る大槍を携えた長髪の美丈夫が、それぞれ仁王立ちになった。
(ほう、白虎に青龍だな)
背後にはほっそりとした漆黒の影がぴたりと張り付く。
(そしてあれが朱雀か—)
太王の寵愛深いという女将軍を、ヨンホは無遠慮に眺めた。巷間を飛び交う様々な噂を思い出し、一体この華奢な女人が、本当にその噂の主なのかと、半信半疑で眼を凝らした。青龍の槍兵と近衛隊は切り分けたように整列し、手隙の将軍たちが数人、物見高く集まってきた。
 「遠いところをご苦労だった。ソノの族長ヨンホ。」
はじめて聞く太王の声は、穏やかで低くよく通る。まだ年若い族長は、直立して礼を捧げた。
 「槍を見せてくれるそうだな。」
 「どなたか、お手合わせ願えれば光栄です。」
型でも見せれば済むではないかと、近衛兵がざわめいた。タムドクは軽く手を上げてそれを抑えると、愉快そうに応えた。
 「どんな相手が望みだ。槍ならばこちらにも使い手がいるが。」
チョロがちらりと目を上げた。かつて鬼神と言われたカンミ城主である。
 「槍同士では面白みがありませんから—、そちらの鎧の女人にお願いしたい。弓の名手だとか。」
ヨンホは槍を立てて不動の姿勢をとったまま、顎を上げてスジニを指し示すと薄く笑いを浮かべた。
 「ソノの槍術をしかとお目にかけます。」
族長の言葉に、ソノ族の若者たちが肩をそびやかした。スジニは表情を変えなかったが、女人という言葉と挑発的な態度に、兵から唸り声が上がった。タムドクはまた手を挙げて鎮めなければならなかった。
 「おい、朱雀の将軍と言え。」
一歩踏み出したチュムチがやさぐれた調子で言い放つと、つま先から頭まで、ヨンホの長駆をじろりと眺め上げた。ますます尖ってくる空気にコ将軍は困惑し、王の顔色を伺った。チュムチの勢いに、もはやタムドクは苦笑している。
 「陛下、スジ、いや朱雀将軍では—」
王が朗らかに言葉を被せ、コ将軍の小声を遮った。
 「この場では弓というわけにもいくまいからな。短刀ではどうだ。」
スジニはかすかに微笑んで歩み出た。わずかに頭を巡らすと、それに応えるようにタムドクも微笑んだまま軽く頷いた。

 

***



 漆黒の鎧。固く束ねられ、まっすぐに腰に届く黒髪。以前のタムドクは、戦闘中にしきりにスジニを案じてその姿を追っていたものだ。今は心配げなコ将軍の目が、その背に注がれている。老兵が知るスジニは奔放な手練であり、今や太王は寵愛を公言している。何を考えているのか、ソノの族長はまるで挑発するようなふるまいだ。恐いものなしのスジニがそれに乗って族長に深手を与えでもしたら…よもやスジニが負傷でもしたら…コ将軍は困ったことになったと目眩がしそうだった。
 「大丈夫です。あいつに任せておきましょう。」
タムドクが古兵に微笑んだ。

 
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