屋根裏部屋
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軍神

8 化身、その主

 厳重な見張りが立った天幕の一番奥で、ようやく太王は鎧を解いた。
「槍だな」
上衣を脱ぎながら顔をしかめる。二の腕には穂先の跡が抉ったように走り、血止めをしてもなお濡れていた。投げられた二本目の槍だ。スジニは苛々と爪を噛みながら医術者の手元を見守っていた。帰陣する前から黙りこくっている。額の生え際には拭いきれぬ血が残り、弓懸は王の血を吸って重かった。
 「まずはそれを外せ。」
呆れたように言われ、ようやく気がついたように武装を解き始めた。左肩を縛り上げた革紐を侍従が切る。そっと鎧を外しながら、かすかに眉根が寄った。鎧には返り血と土が、赤黒く固まっている。拭き取るのを諦めた侍従は、スジニの軍装一式を洗うために運び出した。
 コムルの術者は、椅子に体を投げ出した半裸の太王に向き合っていた。逞しい腕を持ち上げ、あれこれ試すように動かす。それをようやく降ろして固く布を巻きはじめた。
 「小さな血脈を切っていますが、骨も筋も大丈夫です。」
 「ああ。そんなことよりあいつの肩だ。」
スジニは鎧を解いたままのなりで、盥が置かれた卓に寄りかかり、血に染まった右手をごしごしと乱暴に拭っていた。その上衣に手をかけ、術者はためらうように太王を振り返った。コムル村でみなの子ども同然に育ったとはいえ、今は王の寵妃だ。その太王は黙って頷き、顎の先で促した。
 術者の手振りに従ってあっさり上衣を脱いだスジニは、胸帯に袴という姿で寒々しい天幕に立っていた。慎重に左腕が回され、時々顔をしかめる。
 お前、自分でやったのか。なに、陛下か。それにしても戦場で、乱暴なやつだ。説教じみた低い声が続く。やがて複雑に布が巻かれた。
 「骨は大丈夫です。肩が外れるところだった。ひとたび外れますと、こんなことでは納まりません。関節の骨が折れることもあります。」
太王に向かって説明される間もスジニは黙っている。確かめるように、布の上から肩を何度か押さえた。
 「吐き気は?まだあるのならあちらの薬湯を飲んだほうがいい。」
これまた気がない様子で首を横に振る。腕をふり回さないように。そうできないように固定はしたが、わかっているな?術者は小さなため息をついて出て行った。

 

 二人だけが残された。椅子にかけたまま目を上げると、突っ立ったスジニもこちらを見ている。上半身を露に、傷を布で巻かれたお互いを見て、二人ともかすかに口の端を上げた。鏡に映したようだ。
 太王は、じっとスジニの瞳を見つめた。あんな風に情け容赦なく人を屠る様は初めて見た。一兵残らず斬り捨てた後、もういいと言ってようやく動きが止まった。見ただけで身が切れそうな殺気は、思い返すたび太王の背筋をぞくりと刺激した。自分の流した血に触れ、スジニに何か別のものが顕われたような気がした。
 「あんな—無茶をするな。」
声が掠れた。しなやかな裸の腕が、天幕の灯りで白く輝いている。無茶というのは肩の骨ではなく化身そのもののことだったが、スジニはごく普通の声で答えた。
 「王様こそ、私を庇って怪我などしないでください。」
 「お互い様だ。」
 「私はいいんです。」
 蒼白な顔。乱れた髪。睨むような眼が爛々と輝く。
 身を翻して剣を振るう姿が重なって浮かんだ。かつて、馬から下りると男たちの中で小さく見えた姿はもうない。戦場のスジニは非情で無敵だった。侍従がふたりの姿に見たものを、太王は自らの守護に見ていた。軍神。情け容赦のない、血に染まった鎧。
 「お前—大丈夫か」
 込められた意味に気がつかないまま、スジニが答える。
 「はい。腕もなんとか、ついているし。」
 淡々とではあるが数回言葉を発し、ようやく常の気配が兆したスジニを、やや細められた瞳がじっと見つめた。私はいいんです、か。今はすんなりとそれが腑に落ちる。お前がわたしの身の守りだ。わたしの流す血を感じて、戦の化身にさえ変わる。

 それでもお前は、血と怒りに支配されてはならない。お前を従えるのはわたしだ。

 スジニが動いた。全然血が止まってない。ぶつぶつ呟くと、太王の二の腕に手を伸ばす。巻かれた布には新しい血が滲んでいた。
 「もう一度血止めをしますか?」

 

 裸の腕をたぐって引き寄せた。
 荒々しく顎を掴み、噛みつくように唇を吸った。それに応えて唇に歯が立てられる。逃れようとする体を追って、椅子を蹴って立ち上がる。太王は細い体を抱き込んだ。
 うなじで乾いた汗が塩っぱく舌を刺す。互いの血と汗の匂いを吸い込みながら、もつれるように後ずさり、スジニは卓に押し付けられて止まった。さらに押し付けられるものの固さに、白い肌が一気に粟立つ。膝を割られ脚が絡んだ。
 回して尻を掴んだ腕から、血が細く流れた。あらわな腰に血が擦れる。
 卓に押し付けられたまま、細い袴が苛々と緩められた。軽々と卓上に押し上げられながら、熱い猛りが一気にスジニを貫いた。
 思わず声が漏れる。
 獲物を狩るように尖っていた目がようやく凪いだ。手拭を一枚、手荒く取り上げると、スジニの口をこじ開けるように噛ませた。
 堪えろ。
 スジニは頭を捩って何か言おうとしたが、更に荒々しく突かれて布を噛み締めた。滾るような締め付けに、隆とした背中が震えた。左右に暴れる顎を掴み、瞳を覗き込む。未だ獣のように煌めいているが、殺気に代わって濡れたような艶が差していた。それを見据え、視線を捕らえたまま、確かめるようになお深く、ゆっくり奥底へと貫いた。
 忘れるな、わたしがお前の主だ。
 囁きながら、胸帯の上から頂きを強く噛んだ。呻きながら白い身体が仰け反り、捻るようにいっそう腰を押し付けた。

 

 —んあっ
 かすかな声を聞いたとき、ジンシクはぴくりと手を止め、辺りを見回した。天幕の入口に盥を据え、手の中には朱雀の鎧がある。真っ赤に染まった水に目を落とし、そのまま音を立てずに、しばらく奥の様子に神経を尖らせた。
 それっきり物音ひとつしない。侍従はそっと天幕を出て、衛兵の様子を確かめた。誰も入れるなともう一度念を押して、鎧を拭い始めた。

 
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