屋根裏部屋
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軍神

6 鮮血

 五十騎ほどの近衛隊が先頭を行く。太王軍は移動を始めていた。
 平原での抱擁は、一晩のうちに兵の語り草になっていた。朱雀将軍を案じた太王は、五日の距離を丸二日で走った。それが通じていたかのように、将軍は陣の前で出迎えたそうだと。
 太王の疾走に、高句麗はもちろん、契丹兵も驚いていた。死にかけていたような軍の士気は上がり、予想外に多くの者が自力で歩いた。それでも動けない者は荷に登らせているが、いかんせん馬が足りない。人で溢れた荷車は、歩兵の速度で進んでいた。
 スジニは侍従とともに太王のすぐ後ろについていた。遅れがちな軍を気にして太王が振り返ると、すかさずスジニが前に出て、近衛隊に足を緩めさせた。
 真っすぐに背を伸ばし、馬上の太王は行く手を見つめていた。夫餘の太子が王を拘束した。私兵に追われた軍閥は、その大半が拘束された。これで大きな援軍はない。どころか夫餘軍は山の向こうで解体された。軍に入り込んだ鮮卑族と腑抜けた王を、まとめて片付けることができたのだ。
 もう少し野営していることも出来たが、太王は即日の回軍を決めた。冬に追われ始めている。少しでも早く陣に入り、体勢を整えればもっと速く動ける。後を追ってくる騎馬隊は三千。今日にも行き会うだろう。

 

 ごつごつと巨石が両側から迫っている。切り立った岩の間を、軍は下っては登っていた。岩が剥き出しになった地面に車輪が軋む。ぱらぱらと兵が飛び降りてはそれを押した。そのまま歩く者もいて、兵たちの回復は目覚ましいものがある。それでも登りきるまでに、だんだんと置いていかれた。先頭から五百騎ばかりで隊列が大きく割れた。
 ひときわ大きな岩が頭上にせり出している。奇岩の向こうに、スジニは妙な気配を感じた。そこへぱらりと石粒が落ちた。
 首筋がちりちりと逆立つ。ここは難所だが後が早いと、目を光らせていたアティラの表情がよぎる。近衛隊が一斉に剣を抜き、スジニも手綱を離して弓を構えた。空を仰ぐと降り注ぐ矢じりが光る。みな鞭をあてて全力で走った。

 

 すぐに道は下り、またぽっかりと草原に抜けた。戸惑ったところに側面から矢を浴びせられ、数騎が馬を失って転がった。今抜けた岩山の名残のように巨岩が点在し、その蔭から太王を狙って執拗に矢が飛んだ。大きく弧を描いて岩陰に回り込み、スジニは瞬く間に三人を射殺した。徐々に岩陰からあぶり出された敵はかなりの数だ。敗走し、毒を盛った夫餘軍に違いなかった。
 近衛隊が傾れ込み、あっという間に斬り結ぶ音が響いた。太王はぐるりと馬を巡らして場を見渡した。岩の点在する場所は狭く、敵の騎馬はほとんど見えない。こうして潜むために馬を捨てたのか。味方は明らかに数で劣る。残る軍は後方に分断されてまだ姿が見えないが、そちらに廻った敵はほとんどいないだろう。相手は八百ばかりのはずだ。
 周到に仕組まれた待ち伏せだった。
 もとより、四千の軍を壊滅させようなどと思っていないのだ。ただひたすら太王の首だけを狙っている。スジニは懸命に太王の姿を追った。この数で白兵戦を仕掛けるとは、にわかに信じ難かった。前衛の味方は五百騎あまりだが、弱った兵も混じっている。

 

 大きく旋回してジンシクに近づくと、背後の一人を射抜いた。そのまま侍従から盾を奪う。全速で太王に向かったところに、鈍い風切音がして槍が飛んだ。それは正確にスジニの軌道と交錯していた。
 スジニは目を閉じなかった。ただ鈍く光る槍先を見つめていた。鋭い音がして黒い影が舞い降りる。一瞬のうちに槍は柄をまっぷたつに斬られて落ち、スジニは太王の背に庇われていた。
 矢が降り注ぐ。二頭とも一気に走り出した。走りながら腰を鞍から落として急旋回すると、スジニは太王の前に飛び出した。盾を大きくかざし、注がれる全ての矢を弾く。矢が途切れると、今度は近づいた歩兵から槍が繰り出された。馬上の太王が槍を掴んで手繰り込み、片手の剣がその鎧ごと貫いた。
 剣が抜けず、身がもつれる。手綱にぶら下がり、あわや地に落ちるかというとき、スジニがその腕を掴んだ。細い左腕一本を支えに地を擦るように身を翻し、太王は鐙の端に乗せた足先で、馬の横腹にぶら下がった。そのままもう一人薙ぎ払う。無理に回したスジニの肩が嫌な音を立てた。その顔は蒼ざめ、呻き声が漏れた。
 「馬鹿、肩が外れる!」
飛び降りようともがいたが、スジニは頑として手を離さず、そのまま岩陰に駆け込んだ。駆け寄ってきた兵が数騎、鞍から滑り降りて栗毛を抑える。太王はようやくスジニの腕を振りほどき、地を転がって立ち上がった。スジニが鞍を降りたところに、太王の青毛が走り込んできた。
 「賢い子だね」
スジニは蒼ざめて微笑みながら地面を探り、敵兵の骸から革の紐をとった。兵らに示し、同じようなものを探させた。
 「この向きに思い切り押してください。じゃないとほんとに外れてしまう。」
自分の肩を片手で押さえて示しながら、躊躇う太王に頷いてみせた。
 絶叫は声にならなかった。脂汗が滴る。兵が渡した皮紐を手早く繋ぐと、鎧の上から自分の左肩を器用に縛り上げた。
 「締め上げて結んでください。」
それからようやく立ち上がると、這うようにして鞍に上がった。
 「お前たち、ありったけの矢を集めて。合図したらわたしに補充して。」
行きます。一言告げて、栗毛が飛び出す。スジニはもう前しか見ていない。兵らが散り、遅れて太王も愛馬に飛び乗った。

 
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