屋根裏部屋
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軍神

5 毒 Day-4

侍従ジンシクの日記より

 走り出して間もない明け方、国境からの伝令来る!なぜこの場所で会うのかと、口を開けて驚いている。昨日午後に出立したとのこと。
 コムル人が倒れ、鳥が使えないということだ。伝令はふらふらであまり要領を得ないが、陛下は辛抱強く聞かれる。
 以来、死者は増えていないこと。
 全軍、なおも警戒しながら回復に努めていること。
 四日を時限に、回復次第出立できる準備があること。
四日。それだけあれば、完全に兵站部までが着くだろう。
そうだな、いい読みだ。走り始めてはじめて陛下が口を開かれた。
最後にお尋ねになった。朱雀将軍がそう命じたのだな?将軍は元気か。
伝令はただ、ご無事ですと答え、陛下は目を瞑って深く頷かれた。ただ一言、ご苦労だったと。
久しぶりにお声を聞いて、自分は涙ぐんでしまった。まだこれからだというのに。

 伝令を近衛兵の鞍に乗せ、三騎をつけた。後からゆっくり追うとのことだ。今日はことに速度が上がっている。陛下の速さは尋常ではなく、さすがに隊列が長く伸び始めている。
 間もなく陣に着く。気がはやるのは当たり前か!

 

書記ヒョンナムの従軍日記より

 昨晩は士気を上げるため、肉を焼けと将軍が命じ全軍に振る舞う。吐き戻すなとの命にみな無理矢理笑う。このような人心掌握は太王直伝か。
 自分は吐くなとの命に逆らう。
 寝台にて記録。

 

***

 

 命令が伝えられた軍は、ようやく動き始めていた。歩けない者を運ぶために、荷車が揃えられる。馬を失って、行軍には頭を絞らねばならなかった。およそ百二十の馬が死に、百は人を乗せられない。
 無事な兵が半数。歩けない重症者が四百。残りは様々だ。杖にすがって歩く者、鞍には座っておれる者。一体これで行軍ができるのか。不調の兵を体調で細かく分けながら、スジニは考え込んでいた。その数は日に日に変わる。ともあれ、連れ帰るのが最優先だ。捕虜には最低限の麦と塩を与え、最後に解放するつもりだった。アティラは反対したが、スジニは穏やかに言った。
 「武装も解いている。捕虜として連れ帰るほうが大変です。」
 今はまだ、夫餘は兄弟国だ。太王がそう扱って親書を出した以上、連れ帰っても捕虜として使役することなどできない。
 スジニの言葉に、アティラもさすがに黙った。

 

 今日で二日目。夜を徹して多くの見張りが立ち、昼間はかなりの距離まで斥候が出ている。依然として夫餘の残党は潜んだまま姿を見せなかった。
 スジニは久しぶりに栗毛に跨がると、供も連れず、陣の外側を一回り歩いた。久々の騎乗で、鎧が重い。編み込んだ髪に座ってしまい、スジニは苛々と舌打ちした自分を笑った。切ってやる、太王はわざわざそう書いてよこしたのだった。
 少し駆けてみる。時限を切ったものの、当の自分は行軍に耐えられるのか。並足、駈け足。心配になったらしい兵が数騎、馬を引き出している。それを手で制してスジニは速度を上げた。
 駆けながらも辺りを見回した。見渡す限り、遮るもののない平原。そこには隠れ潜む場所が無数にあることを、アティラからすでに学んでいた。曇天の平野は鉛色で風が吹き荒び、空気は日に日に冷たくなっている。昨日より今日の方が確実に冬に近かった。
 その時かすかな地鳴りを感じ、スジニは手綱を絞った。全身で感じる数多の蹄。身体中から汗が噴き出した。頭を巡らして方角を確かめる。南西だ。南西から馬が来る。
 すぐに地平線に土埃が舞い上がった。騎馬の一群が向かってくる。小さな点ほどの馬を見て、スジニの目が見開いた。背後が騒がしくなっていた。すでに数十人が馬を出し、怒号が響いている。スジニは振り向かずに手を挙げて制止すると、ゆっくりと引かれるように駒を進めた。

 

 先頭の一騎が猛然と速度を上げ、一直線に走ってくる。疾走する青毛に、スジニが微笑んだ。見渡す限り灰色の草原を、黒づくめの駿馬が切り裂くように走る。スジニの栗毛はただ一騎、陣からぽつりと離れていた。
 漆黒の馬は思い切り手綱を引かれ、勢い余ってようやく止まった。それからゆっくりと近づいた。遠目にも蒼白なスジニの顔色。太王の姿を間近にし、尖った顔に改めて安堵の笑みが浮かんだ。
 鎧姿、長剣を帯びた太王は、苦し気に息を吐く馬の首を軽く叩き、さらに一歩二歩と近づいた。荒ぶった呼吸を、栗毛が首を反らして嫌う。それに構わず、王は交差するようにぴったりと馬を寄せた。
 「一人で何してる。」
陣を離れるな。そこで言葉が震え、途切れた。しばたいた目尻がうっすらと濡れている。太王の恐ろしい時間はようやく終わったのだ。
 腕を伸ばし、指の背が頬を撫でる。太王は、初めて居並ぶ兵の前で将軍を抱きしめた。頬に触れるスジニの唇が乾いた音をたてる。互いの肩に頭を預けたまま、ふたりは動かなかった。
 ためらいがちに背後の騎馬隊が動き出し、太王はようやく顔を上げた。じきに本隊が追いつくだろう。

 

書記ヒョンナムの従軍日記より

 太王陛下率いる先陣三百騎、疾風のように現れる。
 その後夫餘より連絡あり。両脇を兵に抱えられて運ばれ、ようやく鳥を扱う。

 夫餘の太子、宮殿に入り現王を拘束。軍は混乱の極み。私兵に追われた軍閥は、一部北へ逃れるも、その大半が拘束さる。

 本日よきもののうわさ。
荒野で抱きあう馬上の鎧と鎧。侍従より聞く。侍従ジンシクは文武に優れたよき青年なれど涙もろいことこの上なし。
寝台にて記録。

 
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