屋根裏部屋
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 フッケがドスッ、ドスッと床を蹴立ててやってくる。いつもと違って今日は少し速い拍子を刻んで、気が急くように前にのめって杖をついていた。階段を昇りながら自分の足先に檄を飛ばす。
 「この足め!さっさと歩かんか!ぐずぐずするな!」
小さな笑い声がして、差し伸べられた手にフッケは怒鳴った。
 「わしはジョルノの戦士フッケだ!手助けなど—」
 「そう仰らず、コチュガ、お手をどうぞ。」
太王が白い歯を見せていた。杖を放り出しそうに恐縮したフッケは、続いて満面の笑みでタムドクをぎょっとさせた。
 「陛下!まさしく今陛下をお訪ねするところでした。」
先日の訪問を思い出してタムドクは警戒するような面持ちになった。
 「この間いらしたばかりでは?」
 「陛下、愚臣フッケ、陛下の深いお心がようやくわかりました。」
かつて何度も繰り返した会話を思い出し、タムドクは疑わしそうな目になった。フッケは王に手をとられたまま回廊を踏み出すと、小さな中庭に降りた。
 「あのような戯言で陛下を煩わせたお詫びに、小さな宴を催そうと思います。去る秋を惜しんで、春秋台をお借りして、錦秋の宴です。なに、近しいものばかりですから、あ、きれいどころも呼んで—」
 フッケが季節の宴?錦秋?タムドクはますます訝しそうな面持ちになった。
 「コチュガ、新羅を介した伽耶との交渉で大詰めを迎えています。今は時間が一刻も惜しい。」
 「陛下には休息が必要です。」
フッケがきっぱりと遮った。タムドクの目が細められ、量るようにフッケを眺めた。
 「陛下、臣一同、陛下のご多忙に心を痛めております。なにとぞ、どうか、たった半日を愚臣らと分け合われて、憂さを晴らしてください。なにとぞ。」
まるで縋り付くような様子だ。何かある。その意図を怪しみながら、好奇心に負けた。古兵の哀願に乗ってやろうという気になった。
 「コチュガ、どうぞ頭を上げてください。わかりました。伺います。」
ついに諾の返答を得て、フッケは飛び上がらんばかりに歓喜して帰途についた。

 

***

 

 いつもならば練兵の後立ち寄るスジニが来ない。上着を換えながら侍従に尋ねると、言伝があるという。
 「コチュガを馬に乗せなければならないので、直に春秋台へ行かれるそうです。」
まるで娘、いや息子だな、タムドクは微笑む。春秋台は奥まった庭園だった。春と秋、季節の花木を楽しむために設えられた庭園は、東屋を中心に据え、こじんまりと居心地の良い場所だった。警護が容易いので、太子の頃から今に至るまで、数々のいたずらや密談に使ったものだ。

 「肝心のフッケ老がまだ来ない。」
丼酒を抱えたチュムチが伸びをしながら言った。
 「馬によじ昇れなくて家から出られないんじゃないのか。お前、なんでここにいるんだ。おやじ様を連れてこいよ。」
ちょうどタムドクが入って来たので、タルグは酒を手にしたまま直立姿勢で礼をとった。ヒョンゴがヒョンミョンを従えて騒々しく駆け込んできた。
 「陛下、伽耶へたったいま使者を送り出しました。万全ですが、後は待つしかありません。」
 ヒョンゴは辺りを見回すと、大げさに頭を振って嘆いた。
 「こら、先に酒を飲むなんて、待っていられないのか。けしからん奴らだ。おまけにフッケ老もわたしの弟子も揃って遅刻とは。まったく。」
 「王事先生だってたった今、陛下の後から来たんじゃないか。」
混ぜ返すチュムチにタムドクが笑い、皆声を上げて笑った。チョロが槍を抱いたまま背を丸めて座り、王に小さく頭を下げる。コ将軍が控えめに微笑んだ。ジョルノの若者がいる、シウの手下、コムルの弟子、隅っこではタルビが、一張羅を着てもじもじするパソンの世話を焼いていた。
 酒が回され、肴が供され、挨拶も音楽もなく、がやがやと親密な時間にタムドクは酔った。なまじフッケの言ったことは間違いではない。自分の神経がいかに張りつめていたか、タムドクは思い知った。久しぶりに季節が巡っていることに気がついた。暮れようとする秋の陽射しは美しかった。

 

***

 

 ドスッ、ドスッと馴染みの足音がする。皆顔を上げて、ようやくご到着だと笑い合いながらそちらを見た。フッケだった。
 「たいへん遅くなってしまいました。誠に申し訳ありません。」
爺さん遅いぞ、とチュムチが野次る。フッケは意に介さず、深々と頭を下げた。
 「支度に手間取ってしまいました。娘は弓ばかり引いて、こういう支度が実にヘタクソなのです。陛下、重ねて誠に申し訳ございません。」
 柿色と赤、絹を重ねたスジニが足を踏み出した。小さな深紅の靴、ほっそりとした腰は帯で締められ、肩には柑子色の薄衣を掛けている。ひとひらの紅葉とも、小さな炎とも見まがうようだ。石も玉も飾らない豊かな髪が渦を巻くように結われて流れ落ちる。白粉を塗らない肌が夕陽に照らされて輝いた。視線を一身に集め、照れ臭そうに背けた頬が紅を刷いたようになり、いっそう活き活きとして見えた。
 誰からともなくため息が漏れた。タムドクは目を奪われ、やがて口には出さず呟いた。お前はきれいだ。何を着ていてもきれいだが、ことさら今日はきれいだ。
 フッケがスジニの手を取って誘おうとしたが、逆にスジニに庇われるような格好になった。
 「陛下、わたしの娘です。かねてよりご寵愛は存じておりますが、改めて、父としてご挨拶をさせてください。わたしの娘をなにとぞ、よろしくお願いいたします。」
フッケが深々と頭を下げた。驚いたスジニは手を引っこめて振り返ったが、フッケは力を込めて離さず、御前だぞと娘をたしなめた。
 「装わせるのを楽しみに何枚も何枚も衣を作りましたが、ちっとも着ようとしません。親としてはせめて形だけでも持たせてやろうと存じます。」
スジニが俯いて微笑んだ。
 「フッケおじさん—、アボジ、ありがとうございます。」
 フッケの手が震えた。真っ赤な顔をして潤んだ目をそのまま構わずに、がっしりと握りしめていたスジニの手を差し出した。控えていたタルグが前へと誘う。タムドクは座を立って迎え、スジニの手をとって両手で包んだ。
 「コチュガ」
タムドクが静かに応えた。
 「ありがとうコチュガ。ここにいるみなに誓う。スジニを一生全力で守る。」
もう一度繰り返した。
 「ありがとう。コチュガ。素晴らしい姫を頂いた。」
 フッケが号泣した。続いてもうひとつ声が上がった。ヒョンゴが泣いていた。
 「臣フッケ、いつ死んでも悔いはありません。」
 「勝手ばかり言って、コチュガの娘じゃない。わたしの弟子だ。」
酒を一気に干したチュムチは丼を突き出した。
 「爺さんたち、今日は飲まねばならん日だろう、さあ座って、あの女みたいなスジニを肴に飲もうじゃないか。」


(了)

 
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