屋根裏部屋
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 フッケがドスッ、ドスッと床を蹴立ててやってくる。片足を杖で庇って、独特の拍子を刻むのですぐにそれと知れる。歴戦の将軍の脚の腱が失われたのは一年前のこと、後燕との決戦といわれた大戦だった。ひとりで馬の背に上れなくなった遊牧民の族長は、いっそう馬車を嫌った。ジョルノ部では女子供だってあんなものには乗らない、あれに乗るのは病人と死人だというのだ。族長の地位は息子が継いだ。フッケが出かける時には、族長タルグが足台になって、父を必死に馬の背に押し上げる。
 王の執務室へ曲がる回廊は複雑な階段で繋がれ、フッケにとっては一大難所だ。怒鳴られるので手を貸すものはいないが、いつでも馳せ参じることができるように、みながフッケの足音に耳を峙てている。
 難所を乗り越え、ようやく王の執務室に辿り着いた。敬愛する太王、高句麗王を見ると、最近涙もろくなったフッケの目元が緩む。太い指で目元を拭いながら、上達しない杖さばきで入室し侍従の礼を受けた。

 

***

 

 「陛下!フッケが参りました。」
呼んだわけではないがそう名乗る。まるで今気がついたというように、タムドクが顔を上げ、白い歯を見せて笑った。内官たちと同じように、タムドクもフッケの足音を聞きながら、居場所を測って待っているのだ。
 「コチュガ、お元気そうで何よりです。」
生まれたときから母がなく、即位する前に父を亡くしたタムドクにとって、フッケは愛すべき父性だった。少しばかり頑固で、少しばかり昔気質な忠臣を、タムドクは父のように愛した。
 今日のフッケはいささか不機嫌で、しかし大まじめな顔をしている。こういう時は肚を据えて聞かねばならない。タムドクは読みかけの文書を閉じると、控えていた書記に渡して覚悟を決めた。
 「どうなさいました。何か大事なお話でも?」
椅子を勧められ、フッケは杖をつきながらようやく座に落ち着く。座るや否や、大きなため息とともに言葉を吐き出した。
 「陛下、ほかでもないわたしの娘のことです。」
タムドクは目を瞑ってゆっくりひとつ数え、こちらも大きく息を吸って、いつもの答えを口にした。
 「コチュガにはお嬢さんはいらっしゃらないのでは?」
 「何をおっしゃいますか、スジニはわたしの娘も同然です。」
書記たちが笑いを堪える。最近ではフッケが訪問するたびに繰り返されるやりとりだった。
 「わたしの娘のことで、陛下にお願いがあります。なぜわたしの娘を王妃として迎えてくださらないのか。あの娘をただの愛妾あつかいするのはおやめください。至らないところはこの父が改めさせます、誓って」
タムドクはさらに深いため息をついた。
 「コチュガ、ですからスジニはコチュガの娘ではありません。」
 「何がいったい障害なのか、このフッケにはまったくわかりません。陛下、臣は理屈がよくわからない方ではありますが、この度は本当にわかりません。スジニのなにがいけないのでしょうか?」
 「ですからいけなくありません、コチュガ。スジニは素晴らしい—」
タムドクは書記たちに目を遣った。道師のような白い衣はやめたが、みなコムルの弟子たちだ。赤ん坊の頃からスジニを知る者の前では、いささか躊躇われるような気がして、タムドクは言いよどむ。これも毎回繰り返される約束事だ。
 「スジニはすばらしい女人です。すばらしい将軍でもある。美しく強くそして聡い。申し分ありません。」
 「ではなぜいけないのですか。まずはわたしの目の黒いうちに正式に娘にしなくては。タルグなぞにはとうてい任せておけませんから。あいつの姉として迎えなければ示しがつかない。」
 毎回繰り返される会話から、今日は少し脱線している。タムドクは警戒して言葉を選んだ。
 「コチュガ、わたしもスジニもこれが一番いいのです。そう話して決めたのですから、このお話はもう終わりです。」
フッケの目にしおしおと涙が滲んだ。
 「女人にとっての幸せを、陛下はどのようにお考えなのですか。妃としての位を与えてやろうとはお思いになりませんか。」
アジクに泣かれるよりも、フッケに泣かれる方が困る。タムドクはフッケの顔を覗き込むと、噛んで含めるように話し始めた。

 

***

 

 「コチュガに分かって頂けるかどうか自信がありませんが、スジニはこれが一番幸せだと言っています。わたしもそう思います。王妃の位につければ、意に添わないことのほうが多くなる。今のままではいられません。あいつの弓の腕や指揮の能力をご存知でしょう。あいつはそういうことが得意で好きだと言います。わたしを守っていつもそばにいるのがいいと言う。わたしはあいつの好きなようにさせてやります。面倒でも常識はずれでもそれが最優先です。女人にとっての幸せではなく、あいつにとっての幸せしか考えません。あいつは魂の伴侶なのです。わたしもあいつを全力で守ります。」

タムドクの長広舌に、フッケは目をぱちくりと瞬かせて一生懸命に考え込んだ。
 「陛下、その、魂の伴侶というのは王妃ではだめなのですか。」
 「あいつが望まないならばだめです。」
 「でも陛下はスジニのことを第一に思ってくださるんですね。」
 「その通りです。」
 「ならば女人としての第一位をくださるのが道理ではありませんか。あの—あのスジニの姉に、一生それをおやりになるのに」
こうしてやはり話が廻る。禁忌に等しいキハのことに触れんばかりになって、フッケは自ら言葉を失った。困りきったタムドクが言葉を探していると、ふいに明るい声が飛び込んできた。
 「王様、徴兵のことでご相談があります。」
スジニだった。
 「フッケ将軍、いらしてたんですか、お久しぶりです。」
抱かんばかりの挨拶に、フッケは驚き感激でまた涙ぐんだ。
 「いやだな、そんなに涙もろくなっては、まだまだタルグをびしっとやって頂かなくてはならないのに。」
漆黒の鎧をつけたスジニは練兵の後なのか、うっすらと汗を光らせていた。生気に溢れ、輝くようだ。
 「それから弓の新しい編成の報告もありますが、ええと、お忙しいようですから出直します。」
ばたばたと慌ただしい。
 「コチュガ、退出される時は、馬のお世話をしますからわたしを呼ばせてください。わたしを呼ばずに帰ってはだめですよ。」
早足で取って返すスジニが一陣の風のように去ると、フッケは目元を拭ってため息をついた。
 「出直して参ります。おい、誰か朱雀将軍を追いかけて、わしを馬にのっけてくれるように言ってくれ。」

 
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