屋根裏部屋
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 ぎっしりと兵馬を積んだ平らな船底のせいか、それとも流れまかせだからか。粗末な船団は、滑るようにゆったりと川を下っていた。一気に荷を積み込んだ川岸こそ、戦のようだった。あっという間に若い王の軍団は消え、後には踏み荒らされた草地だけが残った。
 スジニは目を瞑ったままゆっくりと立ち上がり、軽く腕を広げた。国には内密の出兵である。タムドクは、狩りに行くと言いおいて気軽に国内城を出た。供回りもそれらしく狩り装束で従ったが、スジニのなりはそのどちらでもない。
 荒い織の上衣に、使い込んだ鹿革の胸当て。腰にぴったりとついた細い袴。膝までを覆う革の長靴。要はいつもと同じだったが、矢筒を背負う肩紐だけはずいぶん頑丈な細工のもので、それだけが戦の支度を思わせた。
 揺れて…いない。大丈夫だ。
 勢いよく息を吐き、今度は気合いをこめて目を見開いた。
 「お前、何をやってるんだ」
 間の悪いときに必ずやってくる人というのがいるものだ。ヒョンゴに続いてコムル村の一団が入ってきて、天上までの積み荷で仕切られた狭い空間は急に人いきれがした。
 じろりと視線を寄越すスジニに、師匠の容赦ない声が降り掛かる。
 「お前、船は平気になったのか。いつだったか、ほんの小舟だったからかもしれないが、少し川を下る間に吐きまくって、げっそりと青白くなっていたな?」
 「平気です」
ぴしゃりと遮ったつもりが、いくつか失笑が漏れた。緒戦の前夜だったが、できるだけの準備はし尽くしたという自負が、コムル人たちを明るくしていた。
 「それで、決まりましたか?」
 「ああ。決めたとも。わたしも行く」
 「そんなことはどうでも…。いえ、いえ。それで何人、先行します?」
 「小舟は何艘も出せん。絶対に見つかることはできんからな。ひとりが漕いで、もう三人が限度だろう」
滑らかな頬に、不敵な笑いが浮かんだ。
 「一艘に四人、十分です。じゃ、二艘で八人・・・師匠を引いて七人・・・半分は裏手から?どうやって弓を持ち込むか、考えます」
 「こいつをこう、すっぽり冠ると修行者に見える」
 いきなり頭から被せられた大きな白い衣の下で、スジニは溺れたように両手を振り上げた。まるで布に埋まったように見える。
 「これを着て闘うんですか、お師匠様は動けるんでしょうね?助けてあげませんよ?」
 百済との緒戦だった。ホゲ軍への援軍を断ち切ろうと、陽動するのである。本当に人が良すぎる。スジニは呆れたように頭を振ったが、すぐに考え込むように視線を落とした。
 単に陽動するだけでなく、本気で城を落とそうというのだ。たった数百の兵で・・・。策を語るタムドクの口調は王の威信に満ちていたが、それを裏付けるものをスジニは知っていた。
 夜を徹した作戦会議が続き、くたびれ果てた者らが座ったまま眠り込む中、タムドクの頭脳は絶対に休まなかった。ただひとり、肘をついて半眼で黙した王の気配は、研ぎすまされて痛いほどだった。そうやってひとの数倍、めまぐるしく思考を重ねる。寸分の隙もなく、あらゆることを考え合わせて策を練り上げる。
 王様はやっぱり王様だ──。
 スジニの目がゆっくりと凪いだ。
 手短な確認だけで、コムル人たちは散って行った。小舟を用意する者、武器を揃える者、備えだと言って早々に横になる者。
 作戦では気づかれずに城に入り、内側から城門を開けねばならない。それでも矢が多いに越したことはないだろう。
 矢を束ねて固く布で巻いた。ぶかぶかの衣の裾をめくり上げ、太腿に括り付けようかと沿わせてみる。上陸前には狭い小舟の菰の下で、這いつくばったまま戦支度をすることになるだろう。ただ背負うだけの形にしておいたほうがいい。
 包まずに長靴に仕込んでみようかと、包みをほどいた時だった。ばらばらと矢が音を立てる中に、ごく小さな、苦しげな息を聞いた。息を殺したスジニの全身が耳になる。やがてもうひとつ。鳥肌が立ち、大きな鼓動がずきんと打った。
 痛い。胸が痛い。
 かつて聞いたことがない主のうめき声が、スジニの胸を鋭く裂いた。べたつく額を震える手で拭いながら、白い衣を脱ごうと焦った。ようやく投げ捨てるように頭から抜くと、スジニはほの暗い船室を音もなく飛び出した。

 

 固く握りしめた指が、おのれの胸倉を掴んでいた。滴るほど汗をかいている。荒い息を吐きながら、何かから逃れるように身を捩り、食いしばった歯の間から時折苦し気な息が漏れた。
 王の寝所とされた一角は、兵士と同じ殺風景な船倉だった。それでいいとあっさり言ったタムドクは、見張りの近衛兵も遠ざけた。確かに、詰めるような場所もない。
 薄い仕切りの壁を回ったスジニは、呆然と立ち尽くしていた。カウリ剣で生き返ってからというもの、まるで精密な歯車のようになったタムドクだった。やっぱり天のひとなのだと、幾度も思い知らされて感心もした。それが今、粗末な剥き出しの寝台に横たわり、尋常でない様子で胸をかきむしっている。
 暴れるように寝返りを打っていた身体が、撃たれたように引き攣った。
 「王様、いったい・・・どうしたんですか」
震えながら潜めた声は届いていないようだった。タムドクは大きく呻き、振り立てた髪が頬にべったりと張り付いた。
 「ねえ、王様・・・」
見下ろしているのに堪えかねて、寝台の横で膝を折ったスジニは、おそるおそるタムドクを揺さぶった。
 熱い。熱いが、病のそれではない。得体の知れない熱が宿っている。それがタムドクを身の内側から灼いている──
 「わたしです!ねえ、大丈夫?お願いだから目を覚まして!」
冷たい恐怖が背筋をぞくりと濡らして滑り降りた。禍々しい何かを、スジニは確かに感じ取っていた。
 この熱は、よくない。
 両手で肩を掴んで懸命に揺さぶる。じっとりと汗に濡れた衣は、火がついたように熱くなっていた。
 突然、タムドクが身を起こした。何かに縋るように身体が泳ぐ。
 人はこんな風に悪夢に捕まるものか?ましてや、王様が?
 スジニは、震える腕を精一杯開いて広い肩を抱きとめた。

 
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