屋根裏部屋
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陶工大恩

7 epilogue

 「食べさせてあげようかな〜?」
悪戯っぽい声色と箸先を避けるように、タムドクはおおげさに頭を反らした。空振りしたスジニがつまらなそうに自分の口に箸を運ぶ。代わりに無愛想なつくりのコップ酒を取り上げたタムドクは、口一杯に頬張って目を細めるスジニに、にやりと口の端を上げた。
 「どこに入るんだか、よくそんなに食うな…。後で確かめてやる」
囁くような言葉尻は、げほげほと咳き込んだ大騒ぎに紛れた。真っ赤な顔をして胸を叩くスジニを、タムドクは面白そうに眺めて放っておいた。いつもと同じような白いコットンのシャツ。一日中博物館にこもっていたせいか、どこかカビ臭いような気がする。小首を傾げて眼鏡を持ち上げる仕草に、スジニは咳を押さえ込みながら小さな笑いを返した。結わえた長髪を額でかき上げる仕草は、小さな食堂のがやがやと落ち着かない活気に妙に馴染んでいる。きりきりと張りつめた作風が売りの、売れっ子フォトグラファーにはとうてい見えない。今しがたまで向かい合っていた陶器やら鉄器やらの抱えた長い長い時間、その埃っぽい匂いを纏ったまま、写真家は満足げな顔に頬杖をついて酒を舐めていた。座り込んだ長い脚を折り、いかにも一仕事終えた男の顔をしている。
 「こんな辛気くさい仕事を受けるなんて思いませんでしたよ。一体どういう風の吹き回しですか?」
豪快に流し込んだ酒で、ようやく息を整えたスジニが改めて問う。微笑みのうちに少し眉が上がったが、答は返らない。慣れた様子で言葉が継がれた。
 「おカミのお仕事なんてシケてるし煩いし嫌いでしょう?こんな、博物館の資料撮りなんて、いくら記念誌用っていったって」
卓上の皿から味噌を掬うと、スジニはぺろりと箸先を舐めた。

 

 わざわざこんなとこまで来て、とスジニはぼやいたが、九里はソウルにほど近い。ソウル大学と地元の博物館の共同調査が一段落し、出土品が展示を待つばかりになっていた。
 辛気くさい、というのは当たっているのかもしれない。展示物に無害な落とし気味の照明の中、ひっそりとガラスに隔てられたモノたちは、妨げられた眠りにしがみついて未だ醒めないようにも見える。撮影を任されたのは新しい出土品の数点と、質感が難しい金属の、こちらも数点だけ。ライティング担当のジンシクは、専用のワンボックスに山ほどの機材を積んで来た。カメラを持って朝一番で到着したふたりは、博物館員とともに目録をめくっていた。片膝をつき、カメラケースの上に書類を置いて髪をまとめようとしていたタムドクの、肘先を何かが軽く掠った。
 「ごめんなさい、ミアンヘヨ」
長身の女性が、慌てて身を翻した。館員が首から下げた身分証をかざし、何やら説明している。流暢な日本語だ。インテリじゃん、すかさずスジニは口だけ動かして無言の茶々を入れた。女性ばかり数人、あれこれ覗き込んでは指差し、小声で囁き交わす声は、闖入者の申し訳なさそうな気配を滲ませている。タムドクにぶつかった女性が、腰をかがめてガラスケースをじっと覗き込んだ。そのまま姿勢を変えず、飽くことなく眺めている視線の先が、タムドクの興味を引いた。
 「日本からの観光客がどうしても見たいというので、あのグループだけ特別に入れたようです…すみません、この後見学者は来ませんから」
ジャケット姿の若い館員がおざなりに謝ってみせる。首の後ろで一握りにしていた髪を離すと、タムドクは邪魔をしないようにそっと近づいた。女性の肩越しに丸い皿を見たとき、小さな声が呼んだ。
 —トモコ。
 背後の人影にようやく気がついた女性は、タムドクに詫びるような小さな会釈をして去った。頭を廻して耳慣れない名の後ろ姿を追う。日本から、わざわざねえ。ソウルからここまでの距離を疎んだスジニが、呆れたように呟いた
 「ここにあるのは高句麗時代のもので、歴史的にも価値あるものです。中でもいくつかは、著名な考古学者から調査の申し入れがあります。ですからこうして万全の記録をお願いしているわけで」
短髪の男の無愛想な口調に誇らし気な様子が加わった。スジニは肩をすくめてみせ、タムドクは記録という言い方に口元を緩めた。モノの表情を正確に写すこと、それを再確認するいい機会かもしれないと、そんな思いもあって受けた仕事だった。浮かんだ微笑みは納得ずくの表情でもあった。
 精密な記録写真を撮り、オマケのように記念誌の表紙を数カットだけ撮る。ポスターに使うこともありうると、お役所らしくムシのいい但し書きに、普段のギャラを知るスジニは鼻を鳴らして呆れた。さらに、ふたつ返事で引き受けたタムドクにもっと呆れた。知人に紹介されたというのもあるが、とにかくブツ撮りが好きな男なのだ。それは照明を当てる弟子のジンシクも同じだった。運び出さずに館内で撮ること。そう言われては、照明屋を連れてこなければならない。目録をチェックするスジニとタムドクの向こうで、ジンシクは鼻歌まじりに接写台を組み立てていた。
 「記録からですね?表紙の皿が最後?じゃあ金属器から、材質ごとにまとめていきましょう!」
妙にてきぱきと威勢がいい。たまにはスタジオを出るのもいいらしいと、タムドクはくすりと笑った。
 これらは高句麗時代のものです。どうかくれぐれも、取り扱いに気をつけて—。手袋を嵌めながら、若者が鸚鵡のように繰り返した。

 

 「そういえばこのお皿、そっくりですねぇ…今日撮ったやつに。あれを見に日本から人が来るんだものなあ。ねえ、ボス、何千年前か知りませんが、わたしらの祖先も同じように食べていたのかな?仲のいい人とこうやって、仕事の愚痴でも言いながら、いろんな味のものを並べて—」
スジニがにぎやかに喋るのを聞きながら、タムドクは黙って微笑んでいた。機材と一緒にジンシクを帰してふたりだけになったからか、単に、いつもはあまり飲まない焼酎が回ったのか。いい気分だ—。言葉にする代わりに、タムドクは軽く口を開けてスジニを見つめた。
 「な、なに」
 「食べさせてくれるんだろ?」
微笑んだ白い歯列の前で竦んだ箸は、固い音をたてて卓上に落ちた。クジョルパンを省略したような皿はよく見ればプラスティック製で、固い樹脂の箸と同じ、嘘くさいエンジ色をしている。間を埋めるようなスジニの喋りは、だんだん早口になっていった。
 「高句麗時代だって…何世紀だったっけな?たしかにいい皿ですよね。あったかくて、ほっこりして。いかにも土を火で焼きました、っていう、素朴なかんじで。裏を見ました?大、という字が刻まれた…何でまた大、なのかな、陶工の名前かな」
三面のアングルで写し取るように正確に撮ったのだ。見たに決まっている。それどころか、レリーズを押す前にタムドクが対象をしばらく見つめるのは、スジニもよく知っている習慣だった。
 「…下手な字でしたね」
 「ああ。お世辞にも上手くはなかったな。ところでそろそろ敬語はやめろ」
笑っているのに高圧的だ。やっと拾い上げた箸を揃えながら、スジニは観念したように頷き、はい、と子どものような返事をした。タムドクが声を立てずに笑う。それもまた、二人の間のいつものことだった。

 

(了)

 
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