屋根裏部屋
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陶工大恩

 南の国境では百済との争いが絶えず、ひとつの山城で済むものから国境を変える数年の諍いまで、ありとあらゆる戦が頻発していた。数年に渡る南東の紛争を鎮めるために、太王がたびたび親征していたのは四、五年も前のこと。

 

 築いては壊される国境の山城に周辺の民は翻弄され、前の年の畑の維持は難しかった。劣勢になるほど兵糧が乏しくなり、百済の都から切り離された兵の素行は荒れた。家畜や作物を強奪することが日常になり、ただでさえ悪政のツケで重税に喘いでいた村々は、自衛のため武装するようになった。脱走兵崩れの山賊にはそれなりに効き目があったが、いざこざの度に少なからず、働き盛りの壮丁を失うことにもなった。
 見渡す限り平らな焼け野原。収穫を終えたばかりの麦畑からもくもくと黒煙が立ちのぼり、落ち穂が焼けたのか、収穫半ばで襲われたのか、一帯は香ばしいような匂いに包まれている。転がる死体、うずくまって動かない煤けた母子。焼け落ちた納屋の黒い骨組の間を、生麦の焼ける匂いが漂い満たしていく。それは悲惨で奇妙な光景だった。馬上の太王は片手を上げて進軍を止め、スジニだけを従えてゆっくりと駒を進めた。
 百済軍はあっという間に敗走し、同時に脱走兵がばら撒かれる事になった。一帯は騒然とし、どさくさでさらにいくつもの村が焼かれた。高句麗軍は広く辺りを探り、片っ端から敗残兵を片付けながら進んできていた。
 「散り散りで厄介なやつらですが、当然、百済の援軍はありません。」
 太王は厳しい表情を崩さないまま、片手で手綱を集めて引きながら頷いた。兵たちが生き残った者を集めていたが、百済に加担していた村人たちは疑心暗鬼で逃げ回っていた。高句麗に捕まった戦争奴隷はあっという間に鉱山の苦役で死ぬ、そうでなければ戦で楯にされるのだと吹き込まれていた。
 「スジニ、メシにしよう。あるだけの鍋をかき集めるんだ。ここにいるすべての者に行き渡るようにな。」
同じく馬上のスジニは引き締まった笑いを浮かべ、腰だけで機敏に馬を返した。千に満たない高句麗軍の騎馬はあっという間に荷を解き、村の井戸を中心に小さな野営地を築いた。竃が組まれ、大鍋がかけられる。脂ののった鹿肉をたっぷり使った汁の匂いがあたりに流れはじめた。
 馬を下りたスジニは、まだ熱い灰の中から焦げた器を拾い上げた。よく見れば、山のように重なった器があちらこちらに覗いている。それを掘り出そうというのか、痩せこけた少女が熱い地面に尻を着き、棒切れで灰を掻く。匂いのせいか、口の端から涎が糸を引いて垂れ、風に揺れて斜めに走った。
 おいで。拾い上げた器を肩布の先で丁寧に拭うと、スジニは手招きして粥をすくった。犬の仔のように少女が口をつけ、飲むような勢いで食べる。気がつくと数十の土色の民が、虚ろな足を引き摺るようにして、鍋を目指して動き出していた。
 「このあたりの民は百済の者か高句麗の者か判然としません。しょっちゅう戦に巻き込まれて、どちらかに逃げ込むのを繰り返しています。もっとずっとこちらに逃げ込んでくれれば守ってやれるんですが」
 兵と並んで矢束を包んだ菰に腰を下ろした太王は、スジニが差し出す椀を受け取って首を傾げた。
 「そうまでしてこの危ない土地を離れないのはなぜだ?」
訳知り顔の壮年の弓隊長が、つま先で地面を掻く。細かい土煙が上がった。
 「土です、陛下」
土。太王は面白そうに、倣って地面を掻いた。白っぽい地面は固く締まり、ごく細かい粉のような土が浮いている。それは風に舞ってさらさらと動いた。
 「粘土質だな。水が捌けず、畑には向かない」
 「このあたりの村では土器(かわらけ)をつくるのです」
得意そうにまた別の兵が答えた。
 太王の言葉尻を奪った無礼をスジニが小突いて嗜める。いてぇ、と上がった声に王が声を上げて笑い、いっせいに笑い声が続いた。
 「かわらけか。なるほどな。陶工の村か。」
 温暖な南方の土地は、高句麗から見ればどこも肥沃な田畑だ。穀ではないものを作る村など初めてだ。一椀だけの戦場の食事をそそくさと済まし、太王は興味深そうに辺りを歩き始めた。スジニが指差す先に器の縁が覗いているのを見ると、屈み込んで灰を掘り、小さな椀を拾い上げた。
 一瞬を突いたように叫び声が上がった。小さな影が、身の丈に余る槍を振りかざして駆け込み、瞬時にスジニに突き転がされた。少年は後ろ手に腕を捻り上げられ、車座になった兵の中、太王の面前に引き据えられる格好になった。
 「おい、まだ子どもだ」
非難を含んだ太王の声はスジニの剣幕に消された。長剣を構えて飛び出したスジニは、王の身体を庇うように立ち、小さな刺客の姿を見下ろした。
 垢じみているのか煤けているのか、真っ黒な顔の中、双眸だけがぎらぎらと光っている。焼け焦げた百済軍の兜を被っているが、大人の胸ほどの背丈しかない。痩せたむき出しの腕が、押さえつけられてもなお、宙を掻くようにもがいていた。
 スジニが鞘の先で兜を飛ばす。尖った頬と、布切れで巻いた髪が現れた。襤褸を巻き付けた身体は棒切れのように寒々と細い。少年は目の前の豪奢な鎧に臆することなく顔を上げた。
 「百済に与していたのは民の罪ではない。」
後ろ手に縛られて膝立ちになった目は、じっと太王を睨んでいる。物怖じしないやつだ。王は微笑み、少年はあてが外れたように怯んだ。
 兵の垣の外側が騒がしくなっている。何事かと顎先を上げた太王に、スジニが応じて道を開かせた。先ほどまでおずおずと汁を啜っていた村人たちが駆け集まっていた。
 「助けてやってくだせえ!そいつぁ流れ者の親父を亡くしたばっかりで、でも見込みのあるやつなんで。村のためにと思ってるだけで、戦のことなんか何もわかってねぇ子どもなんです」
 老人が地べたに額をすりつけると、数人の男女が倣った。みな白っぽく毛羽立ったような粗末な衣を着け、脚を巻いた布も白く乾いた土に汚れている。
 「お前は兵隊ではないだろう?お前も土を扱うのか?」
太王は少年に声をかけながら先ほど拾い上げた器を改めて見つめた。薄手で軽く、真円に整っている。大人の両手にぴったり収まる丼は、一食の汁にちょうどよい大きさだった。
 「これはよくできているな」
器をスジニに渡すと、太王は少年の黒い顔を覗き込んだ。穏和な笑みに、瞳が落ち着かなそうに伏せられる。痩せこけた分を差し引いても、年の頃は十一か二というところだろう。
 「槍など手にするな。お前はただ器を作れ。毒や敵将の首ではなく、美味いものを入れる器を。人が喜ぶものを作るのだ。汁はもらったか?」
訥々と首を横に振る素振りは年相応に幼い。
 「将軍、こいつに食わしてやってくれ」
剣を突きつけた罪滅ぼしをせよというわけか。スジニは苦笑しながら首を降り、太王の後ろ姿を眺めた。背に好奇心が透けて見えている。先ほどの老人を従えて何やら問うていた。
 「お前、こっちにおいで」
放された腕をさすりながら、棒杭のような身体がひょこひょこと従った。先ほど渡された丼をかざすように見てスジニが歩き出すと、兵が割れて道を作った。ふたりは竃に向かってまっすぐに歩いて行った。

 
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