屋根裏部屋
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陶工大恩

 ふらりと王宮を抜け出すのは相変わらずだが、最近では堂々と正面から出て行く。居直ったのでもあり、近衛隊長との取引が折り合ったのでもあった。供は選りすぐった近衛隊の強者が五、六名、日頃の漆黒の鎧を脱ぎ、鎖帷子を地味な衣で隠している。ご丁寧に髪をほどき、目立たぬ拵えに仕立てた長剣を背負っていた。すべて太王の風体に倣ったもので、一見するとかつて城下をうろついていた貴族の用心棒のように見える。今ではすっかりこの手の輩は姿を消したが、それよりはるかに鋭い身のこなしで油断なく、ひときわ上背のある丈夫を守っていた。
 肝心の主はというと、機嫌良くぶらぶらと愛馬の背に揺られている。こんな風にしろというように、太王自らが支度を整え、供の前に現れた。ぞんざいに細引きで縛った髪がばさばさと額にかかり、黒い上衣に腰に沿う細袴、鹿革の草臥れた沓はこれも黒で埃にまみれている。諦め顔で背後に付き従う近衛隊長はそれに輪をかけた格好で、長い髪こそきりりと縛り上げているが、得体の知れない織の丈長の上衣に使い込んだ胸当てをつけ、膝まであるくたくたの長靴を履いていた。靴に短剣を隠しているので丸腰に見える。
 居並んだ近衛兵は慌てて結髪を解くと、大真面目な顔をしてぐしゃぐしゃとかき乱した。吹き出すのをこらえて眺めていた王はとうとう笑い声を上げ、それを申し訳ないと隠すようにひらりと愛馬にまたがった。ずっと仏頂面を通していたスジニも、栗毛の手綱を取ったと見るや、するりと鞍に乗った。笑いを隠すように面を伏せている。わらわらと兵が続く。太王は早くも宮の門を抜けていた。

 

 「せっかく歩いても、人が引いて詰まらんな」
太王の言う通り、眼光鋭い露払いのせいで、一行の行く先からは人が消えていた。近衛兵は高句麗太王の前を横切る者など許さない。ひと睨みで混み合った通りから荷車まで消してしまう。次第に太王はあきれ顔になり、一歩後についたスジニを斜めに振り返ってぼやいた。
 「これじゃ何のために出てきたのかわからん」
スジニは仰け反って、その倍も呆れてみせた。
 「それでは一体何のためにそぞろ歩いているのか、たまには教えてください。いくら身なりを変えてもすっかりお顔が知れているんですから、むかしのようなわけにはいきません。こうして商いが盛んになると何者が混じっているやら。昨日西国から大きな隊商が着いたばかりなんです。お願いですからおとなしくしてください。」
おとなしく、と言われて苦笑した太王は、足を止めて半身だけ振り返り、みすぼらしい格好の近衛隊長を上から下まで眺めた。なんです、そこで止まったスジニの言葉の後を受けて、太王の言葉は半ば笑いに埋まっていた。
 「久しぶりに見たが、その格好、お前はまったく昔のままだな」
 「物持ちがいいってことですか?」
近衛隊長の言葉もつい気安くなる。いつの間にかふたりは肩を並べて歩いていた。
 馬で城壁の際まで行き、都の拡張工事を視察した帰りだった。歩くと言って譲らない太王は途中で馬を返し、供は四人に減っていた。いや、並んで歩くスジニを数えれば五人。順調な工事を遠目に見届け、太王は満足そうにひとりごちた。
 引退した軍馬を、荷運びに使ってやろう。そうすればもっと捗るに違いない。それでも人の仕事をあまり減らさぬように。人足も職人も、なるべく多くを雇えるように。
 一行はぶらぶらと歩を運んでにぎやかな一角へと戻ってきた。今日のところはパソンの鍛冶屋を素通りし、そのまま市場へと入っていく。楽しげに食い物屋を物色する太王に、スジニが容赦なく声をかけた。
 「そちらは混み合いすぎていますから、王—あれ様、こっちでお願いします。護衛しやすい店でないと」
うんざりと首を回した太王はしぶしぶ従った。すれ違う男たちは上機嫌で、大声が耳に入ってくる。
 給金がいいから、ダチも呼んでやったんだ。日払いだから助かるぜ。今日は肉を買って帰るって女房に約束したんだ。都はでかくなるし、おれたちゃメシが食えるし、万々歳だよなあ?
 人足とおぼしき数人のはしゃいだ声が太王を微笑ませた。一緒に笑っているスジニは背を向けて先んじていたが、それを追って粗末な飲み屋の角を曲がった。
 「なあ。わたしの城下だぞ?危ないことなどあるものか」
スジニの目配せで兵が通りに向かって立ち、それを眼で追った太王はため息まじりにどかりと音をたてて腰をおろした。口を引き結んだままのスジニに横目で問いかけられ、肘をついたまま軽く頷く。手振りの合図ですぐに酒が運ばれてきた。
 「お前が部下の前で隊長の顔になってるのが一番面白くないな」
こそこそと囁かれてスジニもつい笑ったが、かろうじて顔を繕いながら素早く卓上を見渡した。
 王は毒味を許さなかった。そのため、スジニはわざと奪うようにして先に酒や料理を取り上げて口をつける。
 —わたしは意地汚いものですから、それでついお先に頂いちゃうんです。
おっとりとした太王の食卓では、いつもスジニの手が先に出た。今日も小女がおどおどと運んだ皿を受け取ると、すべての味噌をぺろりと舐め、すべての香草を素早く一瞥する。確実に毒草を見分ける目はコムル育ちの賜物だった。
 「おい、だからそんなに—、…がっつくな」
 毒味などするなと止めても無駄なことはわかっているが、ついそんな言い方で嗜める。自分の代わりに誰かが、ましてやスジニが毒でも含んだらと思うと、太王は毎度生きた心地がしないのだ。スジニはスジニで、それを承知で杯をかっさらい、ぐびりと一口飲んだ。
 「うーん、いい酒ですね。高い店はやっぱり違います。」
むかしは市場の端の一杯飲み屋にひっかかっていたものだ。今日ふたりが座り込んだのは、薄く削いだ肉を焼いて出す最新式の店というやつだった。
 「豊かになったものだな。客は商人ばかりか。」
目を尖らせた護衛のようすに自然と人払いがされて、店先の露台にはふたりきりだった。焼いた肉に味噌や香草を添えて出すのだが、それなりに身なりを整えた者らが卓に着いている。外つ国の衣や容貌もちらほら、耳慣れない言葉も混じった。酒瓶と一緒に小さな器が供され、みなそれに酒を注いでは大人しく啜っていた。
 「お前はこんな上品な器で飲むんじゃ物足りないだろう。いいぞ、直に飲めよ」
隊長に酒瓶がつきつけられると、背を向けて立っている兵の背が堪えきれずに揺れた。口を尖らせたスジニは焦らすように皿を持ち上げ、そこで、あ、と小さく叫んだ。
 「何だ、早くそいつを食わせてくれよ」
皿を掲げたまま、その底を裏から見つめて手が止まっている。やがてはは、と笑み崩れた。怪訝そうに酒を啜る鼻先にかざして見せる。少し考えた後、太王も続いて破顔した。
 「デウンか」
皿の裏に「大」の文字が刻まれている。ふたりの脳裏には同じ光景が去来していた。
 「何年になる?」
太王の問いに、スジニは微笑んで記憶を手繰り寄せるようだった。その間に皿を下したが、温かな目元は遠くを見ている。
 「四年経ちます。あいつもいっぱしの職人になったでしょう」
母親の目だ。双子の姫は二つを数えたばかりだった。

 
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