屋根裏部屋
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 武器商人が、ちょっとした揉め事を起こしていた。
 敵味方を構わずに武器を流して恨みを買っていたが、ついに詐欺まがいのことをして、武装した山賊に追われる羽目になった。恨みを持つ者が多いので逃げ回るうちに追っ手が膨れ上がる。追っ手同士が悶着を起こす。一帯を巻き込んで、ちょっとした戦のような様子になってしまった。
 「そりゃあ、あの辺りは小さい部族でごちゃごちゃしてるが、こんなに細かいことで殺し合うとは情けない。元は商売の話だというのに。」
チュムチは斧を担いだ大きな肩を落として、上目遣いにタムドクを窺った。
 「行ってくるか?故郷の地は久しぶりだろう。争いを収めて、我らの旗を立ててこい。」
チュムチの瞳が輝いた。ほとんどの時間を騎馬隊の練兵に費やしているくせに、ほんの時たま開かれる将軍の会合などが面倒で仕方がない。宮仕えはどうも性に合わないとぼやく。王と将軍たちが国内城に落ち着いているのは戦がなくて結構なことなのだが、チュムチには時々息抜きが必要だった。タルビと所帯を構えてもそれは変わらず、騎馬民族の習い性というものらしかった。
 「タルビが寂しがるがしょうがない。拝命しました。では」
斧をかついですたこらと出て行く。その背にタムドクが声をかけた。
 「財産を没収してどんな武器か調べろ。奴隷はとりあえず捕虜だ。タルビを連れて行って、ちゃんと記録しろ。」
一旦止まったチュムチの足が、倍の早さで駆け出した。
 「拝命した!」
声だけが後に残った。

 

***


 
 「いやな野郎だ。自分だけ逃げやがった。」
 女子供、奴隷を残して商人は消えていた。チュムチが騎馬隊を率いて駆けつけると、太王の軍旗を見ただけで争いは霧散してしまった。元々山賊や豪族の私兵崩れが起こした騒動だ。略奪目当ての連中だった。
 後はよしなに、太王に献上いたしますということか。チュムチは武器商人の野営地を見回した。略奪を逃れて、大方の荷がそのまま積まれていた。武器は箱を開いて中を確認し、いちいち数えて記録する。帳面を手に、早速タルビが仕事にかかっていた。馬、捕虜を連れ帰るにはどうするか、タルビの指示でてきぱきと人が動く。すっかり手持ち無沙汰になったチュムチは、久しぶりの故郷を眺め渡した。いろいろな土地を見た後では、いかにもささくれた荒れ地に見える。炉の種火を踏みつけたりしながらそこらを歩き回った。下女とおぼしき数人がちんまりと座り込んでいる。マルガルの女か。ひとりの女に目を留めると、やおら叫んだ。おう、冗談じゃねえぞ。

 

 チュムチは女の腕を引っ掴むと天幕の蔭に回った。
 「スジニ?!」
肩を掴んでその顔を覗き込む。それほど似ていた。細い顎、涼しげな少年のような瞳。束ねた長い髪と女の身なりを除けば、細くしなやかな身体も瓜二つ。よく見ればわずかに肉付きがよく、怯えて顔を隠そうとする様はいかにも女のような身のこなしだった。
 チュムチは大きく息を吐いた。違う。スジニじゃない。がっくりと肩を落とし頭を垂れるチュムチの手の中で、女が震えていた。ようやくまた頭を上げると、もう一度女の顔をまじまじと見つめた。
 「くそ!なんでこんなに似てるんだ。」
 「どうしたんですか、こそこそ隠れて。」
大きな声を出しすぎたと、後悔しても遅かった。帳面を抱えたタルビが不審そうに覗き込む。思わずチュムチは女を背後に隠した。
 「いや、なんでも—」
なんでもなくないだろうと、タルビは大きなチュムチの胸を片手でとんと突いた。諦め顔であっさりとチュムチが動く。タルビに逆らうことはできないのだ。女を見たとたん、タルビも目を見開いて叫んだ。
 「スジニ!?」
違うんだ、別人なんだとチュムチは肩を落としたが、そう聞いてもタルビはまじまじと女を凝視したままだった。全身をつぶさに眺め、ようやく違う、と呟いた。
 「なあ、こんなにそっくりな奴を連れて帰るわけにはいかないよな。万が一王様が見たらどうする。」
 「どうしてそう思うんです?」
怯えた女を座らせて、タルビが静かに尋ねた。どうしてそう思うんだろう。チュムチは考え込んだ。
 「そりゃあ…似たやつを見て、おれたちみたいにうわっ、スジニか、と思った後、やっぱり違う、やっぱりあいつはいないんだって、改めて思うだろう。そんなこと毎日思ってるんだから、わざわざまた思い知ることはない。」
つま先で地面をずるずると擦りながら俯いて話すチュムチに、タルビは泣きそうな微笑みを浮かべた。やさしい人。それからすぐに口を開いた。
 「そうですね。でも、王様は似てるなんて思われないかもしれない。一目見て別人だと仰るかも。スジニを見間違えたりなさらない。」
ああ、そうだな。そうかもしれん。チュムチはわざと乱暴に斧を担ぎ上げた。
 「でもとにかく、この人は逃がします。あなた、帰りたい場所は?」
女はおびえた声で、ぽつりとはるか北の地をあげた。そこから拐われてきたのだと。コムルの弟子がこの辺にもいるはずだから、この人を送り届けてもらう。タルビはそう言うと仕事に戻って行った。降ってわいた幸運に、女は何度も頭を下げて礼を言った。声が違う。だいぶ安心したものの、チュムチはその顔を見ないようにして、タルビの後を追った。

 

(了)

 
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