屋根裏部屋
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少年は丘を越えて

 街を外れて、草地をどんどん歩いて行く。城壁のそばには人は住まない。もし戦になって敵が攻めて来たら真っ先にやられるところだし、そうなったら兵士が詰める場所なのだ。数本の雑木の側に、その丘はあった。丘といってもほんの少し盛り上がっているだけで、築城の時に土でも寄せてそのまま打ち捨てられたかというような場所だった。
 そこに花が咲いていた。遠目には赤みがかった肌色の点だったが、よく見るとごく小さなケシだ。盛り上がった土のあたりにだけ群生している。
 前を歩くコマがようやく足を止めた。首を廻して合図をし、ふたりでそっと戸板を降ろす。歩いている間中、今にも動きはしないか、起き上がりはしないかと見つめていたサエの真っ白な顔を、タムドクは改めて見下ろした。そして悟った。サエはもう動かないのだと。コマはそっとサエを抱き上げて草の上に寝かせると、いきなり戸板を蹴って壊し始めた。呆気にとられるタムドクにぼそりと言う。
 「穴を掘る道具が要んだろ。」
バカ、と言わない。タムドクも無言で戸板を壊し始めた。手頃な板きれが二枚できると、花が少ないところを選んで大きな草を抜く。それからふたりとも無言で掘り始めた。コマがまっすぐに向かって来たこの丘には、もしやコマの母も眠っているのだろうか。花が咲く丘はまるっきり墓にしか見えず、それでもタムドクは口を噤んでいた。母と妹を亡くして、コマは天涯孤独になってしまったのだ。
 「城内に墓はねえって言ってたな。オモニは動かなくなったと思ったら、いつの間にかどっかに連れてかれた。それでオレはサエを連れて逃げた。」
どうしてこいつはおれの心を読んで返事をするんだ。どんないきさつであれ、コマにそんなことを語らせたくない。
 「そうか」
大きな声で遮ると、タムドクは狂ったように手を動かした。数日前の雨で緩んだ土は、少年たちの労働を助けた。一度も休まずに腰の深さほど掘り、ふたりは並んで穴のふちに座った。この中にサエを横たえるのか。掘っている間はとてもそんな気がしなかった。
 「ここは街が見えやすいだろ?ちょっとでも高いとこがいいだろ?」
コマが立ち上がり、サエの横に行って膝をついた。妹を見つめるコマをタムドクはそっと窺った。何か言ったり、そばに行ったりしてはいけない。
 「おい。」
コマの声でのろのろと動く。コマがサエの脇を、タムドクが足を抱え、穴の横からそっと降ろした。その拍子に胸元から帳面がこぼれた。
 「こいつ、書くのが結構気に入ってた。」
タムドクは丁寧に土を払うと、そっと中をめくってみた。大事にしすぎて帳面は真っ白なままだ。サエ。タムドクが書いた文字がある。そしてコマ。タム。指差して乞われ、自分の名を書いた。その横にサエが書いたらしい字が並んでいた。おそらく筆を使った最初で最後の文字。タム。
 タムドクの視界がぼやけた。帳面にぱたりと涙が落ち、タムドクは慌てて指で擦った。泥だらけの手がますます帳面を汚す。そっと閉じてサエの胸に乗せた。堪えてもぱたぱたと涙が落ちる。
 突然コマが叫んだ。うおぅ、うおぅと叫びながら涙を振りこぼす。泣いているというより、猛り狂っているという姿だった。穴に落ちそうに屈み込むと頬を撫で、髪の毛を直して、かけてあったタムドクの上着をひきあげその顔を覆った。それからなお、うおぅ、と叫びながらそこらじゅうの花をちぎり取ってサエに振りかけた。
 タムドクも加わって、じきにサエは花で埋まった。妹の姿が見えなくなった花の穴に、息を詰めてコマが土を投げ入れる。タムドクはじっと立っていた。コマを、土に覆われて行く花を、やがて地が平らになるとその四角い剥き出しの土を見つめた。
 サエの穴の向こうに、白いものがある。引かれるように近づくと白い石だった。半分土に埋まったそれをようやく掘り出して持ち上げると、タムドクはそっとコマの足下に運んだ。サエの墓標。コマがそれを据え、そのまままた座りこんだ。
 「お前もう帰れ。今日は長居しすぎだ。ヤバいんじゃねえか。」
座りこんだコマを見て、タムドクはそっと歩き出した。コマはサエとふたりきりになりたいのだ。
 「ありがとな」
コマの声がぽつりと背にかかった。はじめて聞いた、コマからの礼だった。それには答えずにタムドクは全力で走り出した。

 

***

 

 石には何の伝言もなかった。
 あの日以来、さすがにすぐには抜け出せず、教師に会ったりコ将軍に槍を習ったりと日常を繰り返したが、タムドクは上の空だった。五日や十日空くのは普通だったが、サエの前に独り残して来たコマの姿が繰り返し目に浮かんだ。ようやく「書庫に籠る日」がくると、タムドクは街へ駆けた。
 粥屋に行くと女がそっと目配せする。
 「あの子、ちゃんとしてやったかい」
サエを葬ったかということらしかった。タムドクが黙って頷くと、深くため息をついて座り込んだ。
 「悪党を捕まえるのも大事だろうが、子どもを踏み殺すなんて。」
 「コマを知りませんか。」
コマ、と考え込む。
 「背が小さくて色が浅黒い—死んだ子の兄です。仲間を仕切ってた」
 「きょうだいなのかい。見た目が違うからそうだとは思わなかった。」
 「どこにいるか知りませんか。」
あの日から見かけない。働いていたみなしごたちも散り散りになってわからない。
 最後に会ったコマの姿が浮かんだ。目の前の女に礼を言うとタムドクは駆け出した。途中何度か立ち止まり、肉や果物を手当り次第に買った。街を出るまでに大きな包みになった食料を担ぎ、タムドクは必死に丘へ走った。
 開けた草地の丘が目に入り、だんだん近づいて来た。息が切れ、脇腹が痛んだ。四角く掘った穴の上は細かい草が生え始めている。もう花の姿はなかった。その横にコマが寝そべっているのが見えた。タムドクはずきんと胸が痛み、いっそう足を速めた。はあはあと息を切らして止まると、寝転んだコマがゆっくり向き直った。
 「なんだ、また来たのか。お屋敷でのんびりしてろバカ。」
息が切れて言葉が出ない。担いだ包みをどさりと投げ出すと、タムドクは尻をついてそのままへたりこんだ。くんくんと鼻をうごかし、コマが包みを開く。瓶に詰めた水まであった。
 「気が利くじゃねえか。」
いきなり肉に齧りついた。
 「あのまま食ってないんじゃないかって」
ようやくタムドクが言うと、俯いたままボソリと言った。そんなわけねえじゃん。死んじまう。そしてまた肉を齧った。そのままコマが飲み食いするのを、タムドクは黙って見ていた。
 「粥屋に行ってきた。」
ふうん、とコマが答える。
 「みんな行方が知れないって。」
また、ふうんと答えてぐびりと水を飲む。
 「居場所を書いといてくれる約束だろ。」
口元を拭いて、また寝転んだ。
 「字なんか忘れた。みんなどっか行ったんならしょうがねえさ。」
ふて腐れた口調に、なに、とタムドクはコマを睨んだ。
 「頑張ってたのに」
今度はコマが睨んだ。寝転んだまま、空を睨んでいた。
 「頑張ったって何になんだ。ばからしくてやってらんねえよ。もうやめだ。」
タムドクの頭に血が上った。コマが誇らしかったのに。賢くて逞しくて、コマを尊敬していたのに、そんなことを言うな。
 「そんなこと言うな!コマがそんなこと言うなよ!」
手枕で仰向けに寝転んだコマに飛びかかった。襟元を掴み、頬を紅潮させてコマの頬を殴った。なにすんだこのバカ!なお掴みかかるタムドクと引き剥がそうとするコマと、そのままふたりでもつれて草の上を転がった。殴られる。拳を固めたコマを見て一瞬タムドクは目を瞑った。そのままコマは手を下ろし、身を離して座り込んだ。
 「殴らねえよ。顔腫らして帰れんのかお前。」
タムドクも気が抜けたように座り込んだ。
 「もう来んな。坊ちゃん。お前はオレらみたいのとは違うんだ。」
タムドクは呆気にとられてコマを見つめた。
 「違うってなにが」
 「違うに決まってっだろ。オレらは虫みたいに踏み殺されても誰も気にしねえんだぞ。」
 タムドクの中で何かが音をたてて切れた。いきなりコマの腕を掴むと引き上げて立たせる。痛えな、と顔を顰めるのもかまわず、噛み付くように言った。
 「サエの前でそんなこと言うな。」
コマがゆっくりと一歩下がった。
 「一歩も下がんな。下がったら負けだバカ。行くぞ。」
まるっきりコマの口調でそう言うと、腕を掴んで引っ立てるように歩き出した。

 

 塩を扱う店をタムドクは片っ端から尋ねた。コマはその間もじもじと外で待つ。間口が広く物乞いもいない、なんだか身にそぐわないところだった。尋ね人はなかなか見つからず、とうとう最後の一軒にタムドクは飛び込んだ。
 「パクさんかホンイさんという人はいませんか」
その後ろから声がした。
 「なんだやっぱり取り立てに来たのか、坊主。こらあ参ったな。」
太った方の、ホンイという男だった。タムドクはほっとしてようやく微笑んだ。
 「商いはいかがでした?」
ホンイは慌ててシーっと指を立てると、タムドクを連れて表に出た。コマを見て目を回してみせる。
 「なんだ、またお前も一緒か。」
 「儲けなんぞなくて払えない、ですか?」
タムドクが言うと、ホンイが頭を掻いた。
 「まったく何でそうお見通しなんだ。結局この店に買ってもらって、命拾いをしたが儲けはなかった。でもトントンなら御の字だ。それ以来、ここで働いてる。場数を踏んで勉強したらまた自分でやるさ。」
 「金はいいから頼まれてください。こいつを預かってほしい。」
タムドクがコマを指差すと、コマもホンイも驚いて声を上げた。
 「なんだってこいつを」
 「タムお前!友達を売るのか!」
はじめてそう呼ばれて、タムドクは胸が詰まった。
 「友達だから言ってるんだ。コマ。お前このままじゃだめだよ。」
そのままホンイに向いて言った。こいつは頭がよくて、人を使うのも上手いんだ。カネの計算だってできるし、こないだだってあなたを二割で落としたでしょう?そうだ、読み書きだって練習してる。
 「商いに向いてるんです。コマはすごい商人になります。きっと損はないから」
ホンイは黙り込んで賛辞に顔を赤くしているコマを見た。主はいつだって人を捜している。特に頭の切れる若いのを。こいつはちょっと若すぎるが、なによりタダで使えて後腐れがない。
 「それじゃ二割はチャラだな?」
ホンイの言葉に、タムドクはにっこりと歯を見せて笑った。
 「お前さんには敵わんよ、坊や。」
ぼやきながら店に入って行った。はやくこい、コマ。
 コマはもじもじとタムドクを見つめた。
 「次から伝言要らねえな?おれはここに居るってこったな?」
タムドクは吹き出した。
 「そうさ。次はここに会いにくるから。」
そう言ってタムドクはコマの脇腹を小突いた。コマも笑ってつつき返すと、そのまま塩が積まれた店に消えた。

 
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