屋根裏部屋
space
space
 <--TOP PAGE 水底 Next ->  
space space space space
line
space space space space
 <--エロティカIndex 1・・2  
space space space
テサギエロティカ

 誰かが王様のために死んだとき、かつては神器が目覚めた。それが天に届くほど、王様の怒りや哀しみは深かった。なぜこの人は、こんなに人を慈しむのだろう。わたしを愛おしんでくれる、それが大きな慈しみの端っこでも構わない。この人の喪失と絶望を、わたしがほんの少しでも呑み込めるのならば。

 

 こんな風に酒を過ごした王様を見るのは初めてだった。俯いて歩く足音はいつもより大きく、時々肩が揺れた。ジンシクが心配そうに寄り添うのを煩そうに払うと、そのままわたしの前を素通りして寝台へと回って行った。よろめく足取りを見咎めて、侍従が心配そうに追おうとするのを首を振って止めた。
 「大丈夫。水を持ってきて。」
手早く運ばれた瓶を取り上げて囁いた。
 「大丈夫だから。」

 

 王様は横になって虚空を睨んでいた。
 枕元に水を置いて寝台に座ると、そっと手を伸ばして髪を撫でた。
 「どうしたんです?コ将軍となにか?」
 答はない。自分の腕を枕にして横倒しになったまま、じっと宙を見つめている。沓を脱がせようと引っ張ると、あっさりと脱げ落ちた。胴着に手をかけたところでようやくこちらを見た。縋るような目をして膝を掴んだが、すぐにばたりと仰向けに体を落とした。覆い被さるようにして胴着を剥がす。ごろりと転がるのに合わせて、両腕を抜き取った。
 「今年は暑いな。将軍はまだ夏着でな。はじめて傷を見た。」
ぽつりと言った言葉が胸に刺さった。
 百済の国境戦から戻り、王様の傷もようやく癒えたところだ。先だって、痩せ細って杖をついたコチュガの姿を見た時も王様は荒れた。その時はまだしも人目につかなかったが、ちぎれ飛んだという老兵の腕の傷跡はどんなに痛々しかったろう。
 王様はすべてを抑えすぎるのだ。押さえつけ、押さえつけ、いつの間にか昇華してしまう。時が合えばその術も効くが、このように短い時に、たて続けに大きな哀しみが押し寄せたら?酔いに沈んでも、喧嘩をして大声を出しても、消えないことがあるのはわかっているのに。
 「将軍はお元気でした?北方を視察したいとおっしゃっていたのでしょう?」
 また王様は沈黙に沈んだ。
 夜着を取り上げると、上着の紐を解く。そのまま重なった肌着の紐も解くと、滑らかな肌が覗いた。ためらいを隠して、袴の紐に手をかけた。
 「スジニ」
 「着替えて、お休みになってください。」
素知らぬ顔で笑おうとしたが、視線に射られて動けなくなった。肘先を掴まれてしばらく目を合わせているうちに、自分でも信じられない掠れた声が出た。
 「慰めを—お望みですか?」
 「いや—うん」
どちらともつかない妙な返事に、笑い声が揃った。この人は、王だというのにこんなにも傷ついた顔をして、酔っぱらって自棄くそだ。
 「そんな風では、コ将軍が心配されますよ。」
そう言うと拗ねたように身を捩る。そうだな。呟きが漏れた。しまった、そうじゃない。我慢なんかさせたくない。今、ここでは。
 なるべく小さく縮まりたいのか、大きな体を両腕で抱え込んでいる。いつもの王様になるように、そっと手を掴んで胸を広げた。そのまま開いた腕を褥に押し付ける。王様はぼんやりとされるがままだった。
 吸い寄せられるように唇を合わせた。柔らかな弾力が応える。いつも自分がされるように、それを挟み込んでゆっくりと噛んだ。
 力の抜けた胸板は別人のようで、押さえ付けた腕も抗わずに垂れている。開いたままの上衣から肌がのぞく胸に体を預けると、急に引き摺り上げられてよろけた。
 「慰めが—欲しいな。たまには抱いてくれ。」
戯れ言か、それにしてははっきりした口調で、じっとこちらの目を覗き込んでいる。
 「酔った人の言うことは—」
瞳が煌めいたような気がして、首やら頬やらがカッと熱くなった。
 「酔わなきゃ聞けません。」
そのまま酒を探して寝間を飛び出した。

 

 居間の卓上には、王様を待ちながら摘んでいた膳が残されていた。
 今夜の王様は、暗い目をしてる。すっかり忘れていたけれど、昔はよくそんな目をしていた。誰かが死んだり、傷ついたり。信じていた人に裏切られたり。
 その度に暗い水底のような目をして、いや、もしかしたら王様自身が水底に沈んでて、そこでは澱の中でひとりぼっちで、膝を抱えて座っている人の孤独を誰も救えなかった。
 王様がとても巧妙にそれを隠すようになって、わたしまで忘れてしまってた。
 酒瓶を取り上げると、口まで一杯に入っている。待つ間、一口も飲んでいなかったことに気がついた。

 

 枕を横抱きにして、上衣はすっかりはだけている。緩めた袴からは腰の線がのぞき、寝乱れたような姿に胸がどきりと大きく跳ねた。
 「すみません、まるっきり着替えの途中で放り出してしまいました。」
身動きもせず、くす、と小さな笑いが起こった。
 立ったままで酒瓶から直にたっぷりと呷った。また小さな笑い。枕を抱えた王様が、くぐもった声で話し始めた。

 わたしから頼んだんだ。武術を教えてくれるように。コ将軍はあんなだから、昔からああなんだ、何も喋らないから、ともかく勝手が分からなくて。だからまず父上に頼んだ。将軍が居る前で。

 もう一度酒を呷る。必要なのは酔いだった。最近は気持ちよく酔うようになったのに、今日は一向にだめだ。
 ぐびり、とも、ごくり、ともつかない妙な音がして、王様が笑った。今度はくすくす笑いが長く続いた。

 父上はいい顔をしなかった。とにかく人目につかないようにと言われていたから。病弱な太子が武術なぞもってのほかだ。重ねてもう一度お願いした。コ将軍の名を出して、将軍に教えて欲しいと。そうしたら横から言ったんだ。それはよろしいですな。お体もさぞ丈夫になられることでしょう、って。

 「すごいですね。それって先王陛下へのイヤミですか?」
 「まあそういうことだ。」

 ようやく聞き取れるくらいの、いつもよりもっと低い声が囁く。絹に吸い込まれていく声は、褥と同じ滑らかさで耳元をくすぐった。
 ようやく頭の芯が暖まり、少しぼやけ始めたような気がした。寝台に腰を下ろし、もう一口含む。瓶がちゃぽん、と音を立て、王様がまた笑った。
 「どうだ、酔いは。追いついたか?」
 「こんなものじゃ、全然足りません。こんな酔っぱらいのお相手をするには。」
 「水をくれ。」
ようやく王様が枕を離して中空に手を伸ばした。

 

 

 
space
 
space
 <--TOP PAGE   Next ->  
space
line
space space space space
 <--エロティカIndex 1・・2  
 
  space  
line
  space  
  Copyright © kuro-kmd. All Rights Reserved. since 2010.  
  space