屋根裏部屋
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テサギエロティカ

 松の実が膝から転がり落ち、衆目が集まった。しばし間があり、幼さの残るふっくらとした手が躊躇いがちに追った。小さな象牙色の実をそっと拾い上げ、目の細かい籠に戻す。一事が万事、物音を立てぬよう、細やかな気遣いに溢れた仕草だった。
 「それでさ。お前、大丈夫かい?壊れてしまいはしないだろうね?」
潜めたつもりでも、声を包むような息の方が大きい。なるほど、大柄な女は胸を窄めるようにして囁いているが、豊かな胸郭からふいごのような息が漏れている。四人の子を育て上げた乳房は誇らしげに、腰を締めた皮の紐にどっしりと乗っかっていた。
 「壊れる!?」
素っ頓狂な甲高い声が、女衆の小屋をつんざいた。音も立てずに小さな実を拾った女は、一転して遠慮のない声を上げている。悲鳴のような吐息の後、若い女はみるみる赤くなった。
 「そんな、ええとね、えっと、どうしよう…」
露骨に言いよどむ様に、どっと場が湧く。昼下がりの作業場はねっとりと暖かく、潰れて染みた果汁に小さな甲虫がひっきりなしに飛来する。それを物憂げに払う老婆が、歯の抜けた口を露にして笑った。
 「お前、亭主にはちゃんと言わないと。夜通しアレばかりでは、仕事にならない、とね!」
しなやかな腰つきの若い女は、ますます赤くなって身を捩った。伏せた面は見えないが、耳の先まで朱に染まっている。夫をもったばかりの女を囲み、作業場は屈託のない冗談で満ちていた。一人前の女の小屋は、こうして平和な昼下がりを繰り返す。産褥のこと、子どものこと、そして夫のこと—。女ならではの話題はつきることなく、女であるというその一点が、固い繋がりを築いていた。
 「体が辛ければ、あたしが言ってやろう。そんなこと、男にはわかりはしないんだから」
年かさの女が、器用に剥いた松の実を半分口に入れながら言う。閨のことまであからさまに話題になるのは、いつものことだった。
 がやがやと小屋は喧しい。手も動かし、口も動かし、みな座ったなり働いてはいるのだ。また、ころりと象牙色の実が転がった。我がことを繕うように、慌てて若い娘が膝立ちで拾い上げる。すっかり眠り込んだ膝から、今度は小さな籠が滑り落ちた。一斉に笑いが起こったが、豊かな陽射しを浴びている細い肩は、傾いたまま穏やかに息をしていた。
 「セオ」
とうとう小さな声がかかった。かすかに動いた首元で、紅玉がチカリと光る。陽を集めたような光が、葉で葺いた天上を舐めた。うん、と小さく唸って、濃い睫毛の下で瞳が煌めいた。
 「セオ、夫をもってずいぶん経つけれど、これはお前の話を聞いた方がよさそうだね」
冗談めかした低い声に、また笑いが起こる。目覚めたばかりのセオは、眩しそうに目を据えて、ゆっくりと首を振った。
 「わたしの話?」
どっしりと太い腕が廻され、木をくり抜いた水の筒がセオの前に回された。女の座らしく、匂いのいい草が揉み込まれている。ふわりと立ち昇った香草の匂いに、セオはかすかに微笑んだ。満座の注目を浴びていたが、気に留める様子もなく、白い喉を晒してごくりと水を送り込む。年若い女は、見惚れたように動きを止めた。
 「閨が辛いという者があるから、さ」
 「あたしは辛いだなんて言ってやしないけど」
甲高い声の主は、また思い出したように赤くなった。辺りがくすくす笑いに満ちる。日に照らされた小屋の空気、果物の匂い、甲虫のかすかな羽音—。膝の上にかがみ込むようにした女たちは、手を休めることはなかった。セオも手を動かし始め、何気なく会話に加わった。
 「なにか辛いのなら、ファヌン様に申し上げる?きっとどうかして下さるから—」
 「お前、こればっかりはファヌン様にもどうにもできやしないさ。だって、この娘の亭主はこの子が好きすぎて、嬉しくて、それでねぇ…」
部族きっての大年増の声色は、懸命に真面目さを繕っていたが、とうとう堪えきれずに吹き出した。あっという間に小屋中が笑いに満ちた。ぽかんと小さく口を開けていたセオは、自分が夫をもつ女の小屋に来たことを悟った。桜色の唇がむずむずと結ばれ、頬がうっすらと同じ色に染まった。
 「ねえ、セオや?」
悪戯っぽい声がして、膝の上の籠をさらっていった。困ったように首を傾げたセオに、もう止められない勢いで、女たちの言葉が降り注いだ。
 「セオや…とても眠たそうだねぇ?どうなんだい、もし閨が辛いようだった…」
 「だめ、だめ!とてもファヌン様に言えやしないでしょう?それとも、いつもみたいに言うっていうの?明星が輝いたら妻を寝かせろと?」
どっと笑いが起こり、セオは小屋が揺れたような気がした。微笑みを浮かべたまま、じりじりと中腰で立ち上がる。狩りで鍛えた脚はバネのように強靭で、一気に立ち上がったセオは、そのまま小屋を飛び出した。熱い頬を抑えながら、陽が傾き始めた草地を蹴って、弓を片手に一気に走った。

 

 どの季節の日没も美しい。真っ赤に燃える陽が地平に落ちるのに見とれながら、闇雲に駆け出してきたセオの足はゆるゆると止まった。せっかく採った松の実を、皆に任せてしまった。今日はみなあれを摺って団子にするのだろう。自分は今日は何を食べよう—。もう作業小屋に戻る気もせず、独り者の炊屋へ行くのも最近は気が引ける。なにしろ自分は夫を持つ身なのだから…。
 他の女たちとは随分違っていた。真っ白い衣を用意して、全身に白い花の香油をつけた花嫁は、三日三晩は夫と籠り切りになる。中にはもっと長い者もあったが、冗談のタネにはなっても誰も咎めはしなかった。いつしか自分もそのような時を迎えると、それなりに想像を巡らしていたセオだった。よもや神の子に嫁ごうなどとは—
 いきなり手首を掴まれ、俊敏な狩人は咄嗟に残った手で弓を探った。大きな手で覆われた口がくぐもった声を上げた。
 「ファヌ…」
 くす、と笑いを堪え、し、と白い指を唇に当ててみせる。ふたりの先で、こんもりと茂った低い灌木が開け、ふたつの影が動いた。滴るような緑は夕景に黒々と溶けはじめている。影はしっかりと互いを引き寄せ、やがて唇が重なった。吐息がここまで聞こえるような気がする。口づけはだんだんと激しくなり、何度も噛み合っては向きを変えて続いた。細い肩がまっすぐな幹に押し付けられ、男の頭を抱え込んで喘いだ。
 手首を掴まれたまま、セオはだんだんと息苦しくなっていた。頬が燃えるような気がする。
 「見ていては、悪いです」
 「そうか、あまりうつくしいので—」
まったく悪びれる様子がない。情欲が煽られる気配もない。すとんと勢いづいたように陽が落ちて、あたりは薄暗くなっていた。
 「邪魔をしては」
セオは火照った頬を背けるようにして歩き出した。純白の衣が光を放つようなファヌンの姿は、どこからでも人目につく。恋人たちはお互いの姿しか見えていないのだろうが、すぐに目の端に神の子を認めるだろう。
 「セオ」
背を向けて足を早めた後ろから、しなやかな足取りが追った。低めた声はあくまで穏やかで、先を行く足取りはますます速くなる。
 「セオ、どうした?」
改めて声をかけられて、観念したようにセオは止まった。ほの白い光が近づいてその手を取った。
 「恥ずかしくて」
 「恥ずかしい?なぜ?」
 恋人たちの口づけに、自分ひとりが頬を火照らせているから。夫であるひとは、それをうつくしいと言ったのに。
 言葉にできずに俯いたなりの妻を見つめ、ファヌンはかすかに微笑んだ。
 「おいで」
両手を引いて、胸に包み込んだしなやかな背を撫で下ろした。

 

 
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