屋根裏部屋
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テサギエロティカ

 伏せられていた睫毛がかすかに震え、やがてゆっくりと開いた瞳が赤い火影を映して瞬いた。暖かい大きなものに包まれている。全身を心地よく緩めたまま、セオは気怠そうに首を回した。
 頬に滑らかな肌が擦れる。艶やかな銀髪が落ち、背後から回された腕が柔らかな胸の下で指を組み替えた。夜半、ほんのりとあたりがほの白いのは、神の子にまといつく銀色の光だ。セオの細い首にかかった朱雀の紅玉も、温かな熱をもった光を発している。神壇樹の巨大な幹にぽつりと空いた洞は、まるで小鳥の巣のようにふたりを包んでいた。熊族の娘のしなやかな身体を背後から抱き、神木の主がもたれている壁は、岩山の洞とは違ってそのものが暖かい。小さな穴に敷き詰められた毛皮と体温、ふたつの色の光に、夜気の震えは遠く追い払われていた。
 自分が白銀のからだにすっかり寄りかかっているのを知って、セオは慌てて身を捩ったが、みぞおちのあたりで組まれた手はやんわりと強情で、焦れたような動きは早々に鎮まった。諦めたセオは、首筋に寄せられる柔らかな髪の、清流のような香りを匂いだ。
 いつになく身体が重い—。力の抜けたセオを受け止め、ファヌンの口元に笑みが浮かんだ。弓矢の扱いに長け、敏捷に野山を駆け回るセオはじっとしていたことがない。親のない子に魚の罠を教えて衣を繕い、老いた者の破れた屋根を拭き直し、しじゅう小走りに動いている。そして時折、そっと天を仰ぎ見て微笑う。それは高みに在る者への、畏れの混じった挨拶のようでもあった。
 「セオや—」
しっかりと捕まえた娘に呼びかけてはみたものの、言葉はそこで途切れた。訝しそうな色を浮かべて振り向こうと、セオはもう一度身を捻ったが、今度は明らかに力が加えられて阻まれた。
 なんと言葉をかけていいのかわからない。セオや。お前が愛おしすぎて。
 耳元に注ぎ込まれたのは、ほんとうに言葉なのだろうか。身体の内側に直に染みたような気がして、セオは突然己の体温を意識した。

 

 壁のような幹の中腹、瘤の陰になった洞に、ふたりはよじ上ったわけではない。飛ぶ、というのとも違う。樹の根方に立ったファヌンは、父である天帝に向けて堂々と婚姻を宣言した。畏れと喜びとがないまぜになったセオの震えを鎮めるように肩を抱くと、額にそっと唇をつけた。それから—
 どうやってこの洞へ昇ったのか。額への口づけ、それからセオの眼前は白銀の衣で埋まり、その光に全てを委ねるように力が抜けてしまった。顔を埋めた輝く衣の下には確かに固く締まった身体が感じられ、セオはなんだか意外な気がしたのだ。このあまりにも清浄なものが、ヒトの形をしているということに—。そして、風がふわりと髪を巻き上げた。真っ白な暖かいものに包まれていると思ったうちに、柔らかに鞣された毛皮に肩先が落ちたのだった。
 横たえられたまま、セオは目を開けることができなかった。自分が神の子の褥に運ばれたということ、その覚りが胸を突き破りそうな鼓動となっている。それに拍動を合わせるように、朱雀の宝玉が明滅を繰り返していた。固く閉じた瞳の裏に、赤い光が律動する。まるで震える自分の心臓を目の前にかざされたようで、セオは次第に息苦しくなった。
 「セオ—」
頬を包んだ手は大きく、柔らかな熱を発している。癒すような銀色の光が赤い明滅に被さって、セオは目を閉じたまま大きく口を開いて震えながら息をしたが、ようやく絞り出したのは掠れた囁きだった。
 「これを—外しても?」
 いや。そのまま着けていなさい。セオや。それはもうお前の一部なのだから。
 肩を丸く撫でていたぬくもりが、首筋をゆっくりと伝った。ぴくりと反応して強張った指が、胸元の輝く紅玉を掴む。
 熱い。これがわたし?
 自分の一部なのだと言われた玉は喘ぐように光り、昂るように熱を帯びている。続けてセオを襲った羞恥は、しなやかな身体を丸めさせた。あたたかく滑らかな光の愛撫から逃れるように、柳のような両腕は胸を抱え込んだが、それはすぐに撫でるような光に緩んだ。
 全身が包まれる。添い寝をされる赤子のような、無防備な肌を直に愛おしむような抱擁。それと同時に明らかな女の官能がざわざわと押し寄せ、セオを翻弄した。撫でられて肌は粟立つことを繰り返し、唇の内側までしっとり汗ばんでいるような気がする。何かが腰に巻き付いたような感覚に、娘は小さく喘いで胸を反らした。太腿を這い上がり、腰から背筋を撫で上げるあたたかいもの。
 入ってくる。何かが自分の中を押し開いて満たす。今ではそれはおだやかならぬ熱を持っている…
 —わたしは生まれたばかりの獣の仔だ—大きな濡れた舌に全身を舐め上げられ、ぶるぶると震えながら眼を開く—
 しかし固く目を閉じたまま、セオは溺れるような息を継いで喘いだ。固く反らされた背は、まだ熱が残るものによって広く撫で下ろされ、足先まで暖かなものにすっぽりと包まれている。ようやく力の抜けた首筋が垂れると、潮が引くように全身が緩んだ。セオははじめて衣擦れの音を聞いた。頬に添えられたのは明らかに人の指だ。しっかりとした関節がゆるやかに往復している。自分の汗ばんだ肌を感じてセオはうっすらと微笑んだ。視界もかすかに弛み、白い輝きが差し込んでいる。紅玉を握りしめた細い指が開き、色をなくしていた節に血が通い始めた。

 わたしたちの子は、この地でみなと一緒に汗を流して働くだろう。お前がしているように、狩りをして地を耕し、よい匂いの実を分け合う。傷ついた者を癒し、老いた者を慰め、幼い者を慈しむだろう。わたしのセオ—

 低い囁き声は心地よく耳の底を撫で、しばらく留まってようやく消えるようだった。けして声を荒げることのない神の子の睦言はいっそう甘い。女になったばかりの背筋がちり、と何かを告げた。紅玉を確かめずともわかっている。それは熱く瞬いている—
 ゆっくりと身を返し、ファヌンは毛皮の褥にセオを横たえた。固く瞼を閉ざしていた娘は、自分の背に回され、首を支える固い腕に気がついた。何かを確かめるようにおそるおそる瞼が開く。銀髪に縁取られた白い顔が、やわらかな笑みに凪いだ。白桃のような頬に血の色を昇らせて、セオは輝く人を逆光の中に見上げていた。

 

(了)

 

 
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