屋根裏部屋
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朱雀の将軍

4-2 白鹿

 チョロは岩壁から下を見下ろした。森の奥深くへ入るとだんだん小高くなり、樹々がためらいがちに誘うのを進むと、いきなり眼前が開けた。切り立った岩壁になっている。見下ろすとぽっかりと森の中に開けた草地があり、さかんに水音がする。自分の下、岩壁の中腹から水しぶきが落ちていた。おそらく滝だ。その真下には青々とした泉があった。
 ここへ呼ばれたのか。定かではないが、樹々はだんまりを決め込んでいる。ふん。チョロは槍を抱いて、大樹の根に寝そべった。あまり性のいい森ではない。誘ったくせに不意に黙るとは。それでも選んだ大樹は品があり、礼儀正しくチョロを受け入れた。目を瞑ると気が通い始める。まだるっこしい挨拶はいらない。チョロのそれが拒絶ではなく挨拶そのものなのだと察し、大樹の気が暖かくなった。
 そのままチョロは大樹と繋がって目を瞑っていた。やがて、囁く声がする。
 「おやまあ、あれは天の人じゃ」
天の人。確かに胸がことりと動く。自分の心臓が主に反応するのを確かめて、チョロは大樹から離れた。岩壁から見下ろすと、タムドクが胴を外して袖をまくっている。
 「少しさぼろうと言って、天の人はお供を撒いたらしい。」
樹々の囁きに、チョロは微笑んだ。主らしい。邪魔をするまいと、チョロは身を引いて槍の側に戻った。再び大樹の根方で目を閉じる。
 狩りというのは不思議なものだ。鹿や猪を追い回し、矢を射かけて仕留めるのは確かに興奮するが、食う以上のものを捕る遊びとなるとよくわからない。今回は白い鹿を目当てにやってきたが、フッケはそれを生け捕りにするという。みな勇んでいたが、山に入った時からチョロには聞こえていた。
 あれは捕まらないよ。
 性の悪い山だ。その時もそう思ったのだった。

 

 「あれ、白鹿だ」
 「あれ、何をしておるのやら、あのように深く入って。」
 「天の人はまだいらっしゃるか」
 「おう、泉で鉢合わせじゃ」
 「それは面白いこと。天の人は白鹿を捕りに来たのだぞ。」
 「それが鉢合わせか。それは面白いこと。」
 こいつら面白がっているな。
 チョロは再び断崖に近づくと、泉を見下ろした。遠いが、草地に坐った女人の横に立っているのは、確かにタムドクのようだ。白い衣の、あれが鹿なのか。どう見ても女人だが。
 「草木と通じても、けものはご存知ないようだ。」
揶揄うような囁きが取り巻く。
 「あれが白鹿でございますよ」
くすくす笑いと葉音が混じり、あっという間にそこら中に広がった。
 調子に乗るな。
 チョロの気が苛々と波立つと、たちまち樹々が応えた。
 「おお恐い」
 「でもあれは白鹿ですよ」
女の形で現れるとは、チョロは苦笑して岩壁を離れた。熊や狼ならいざ知らず、よもや白鹿が害をなすとも思えない。
 けものを知らぬからな。
 チョロはやはり大樹の根方に戻った。主の濡れ場を覗く趣味はないが、控えていることはできる。
 「どうやらまた死にそこなったようじゃな。」
 「捕られるより死んだほうがよいとは、あれも長く生きすぎた。」
 「人とは愚かじゃな。吉兆を捕ったら終わってしまうのに。」
樹々は一斉に笑った。
 「白鹿には子が生まれなんだ。」
 「白が白を生むとは限らぬが。」
 「それでもあれが捕られれば、しばらく白は不在じゃな。」
 「こうして天の人に会ったならわからぬぞ。」
 「そうじゃのう。お情けを受けるかもしれぬ。」
お前ら、なんという噂好きだ。そう思いながらチョロは少々楽しみ始めていた。獣の話などあまり聞く機会がない。この森はずいぶんはっきり、よく喋る。こいつらも案外おれのことを楽しんでいるのかもしれない。
 「おや、あれ、撫で回してござる。」
 「おやおや、天の人は案外—さばけておるな。」
 「いや、人がたの白はまこと、美しいからの。」
お前ら言い過ぎだ。樹々が泉での出来事を逐一口にし始めると、さすがにチョロは居心地悪そうに身を起こした。まさか吉兆が寝首をかくこともあるまい、そろそろ戻るとしようか。
 「あの泉は情死の泉。」
大樹が囁く。
 「幾人もの男女が手をとって滝壺に沈んだ。滝壺が囁くのだ。情を交わしてこちらに来いと。先に死んだものがまた誘う。そうして入水が続いて来た。なぜ自死などするのか、われらにはわからぬ。人も、白鹿さえも死のうとする。青龍の人にはわかるのか。」
 「おれにもよくわからん。」
チョロは大樹の幹にそっと手を当てた。
 「鹿を追うことといい、人というのは愚かしいものだな。おれはお前らと人の中間にいるらしい。どちらのこともよくわからん。」
 「青龍の人は、どちらのことも少しわかるのだ。」
そう言い換えられて、チョロはまた幹を撫でた。かさかさ葉を鳴らして大樹が応えた。
 「…組み敷いた」
 「白鹿が組み敷かれた。」
 「あれは、イクかもしれん。」
 「天の人もな、さすれば白鹿は安泰じゃ。」
チョロは頭を抱えた。お前ら、頼むからそう一切を口に出すな。そう思いながら、呟いた。白鹿は安泰か。
 「…白が桜色に染まったぞ。」
 「天の人の技巧が勝ったか。」
 「存外うぶではなかったの」
お前ら。チョロが立ち上がるとざっと樹々が揺れ、ざわめいた。おおこわ。

 

 泉へと通じる木立にタムドクの馬が繋がれ、矢筒と弓が無造作に置かれていた。それを認め、チョロはそのまま抜けていった。きっと皆走り回って、雲隠れした太王を探している。
 チョロは苦笑した。白鹿は安泰。この狩りで、いやこの先ずっと、捕られることはない。あいつらが本当のことを言っていればな。
 性の悪い森だ。
 チョロは手綱を引き、早駆けでその場を離れた。

 
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