屋根裏部屋
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テサギエロティカ

3 翡翠

 「今年最後の荷が一斉に着いて、城下はたいへんな騒ぎです。見事な馬を商う西域の隊商も来ているそうです。」
そう付け加えて、しまった、というようにコ将軍は王の様子を伺った。長い脚でしなやかに走る西域の馬を見たくない高句麗人などいない。案の定、王の目が輝いた。秋の実りが黄金色に輝く季節、今年最後の隊商だ。スジニが消えて、三年目の秋だった。
 お忍びを唆したようなものだ。宮のどこにも姿がなく、文官はみな山と仕事を与えられている。コ将軍はため息をついた。

 

 太子宮の塀ぞいに、伸び出した若木がある。もう少し大きくなれば伐られてしまうが、まだ無事だ。よしよし。タムドクは若枝を掴むとひらりと塀を駆け昇り、あっという間に宮から消えてしまった。
 浅葱色の上衣に濃紺の絹の上着、細身の黒い袴という姿は、若隠居にも休日の武官にも見える。かといって、束ねた乱れ髪は遠路をやってきた商人の配下のようでもあり、伸ばし始めた髭がますます正体を怪しくしていた。
 「おれは誰なんだ。」
自分に呟きながら、タムドクはぶらぶらと歩き出した。おれはだれなんだ。いい響きだ。最近は結髪に冠をつけるようになっていたが、今度は外すと、みな案外王に気がつかないものだ。チュシンの王という重い冠を外すささやかな時間をタムドクは楽しんでいた。
 街外れの草むらに天幕が張られ、馬の市が立っている。日暮れ前に出てきたので時間がない。柵を覗き回って目当ての馬を探した。
 ここを走り回っていたっけ。お前はすばしこくて誰にもつかまえられないんだ。結局柵が壊れて、馬が溢れ出すように逃げてしまったな。セドゥルはもういない。黒軍の生き残りはタルグだけだ。あのキョック大会で全てが動き出してしまった。自分がそれを動かしてしまった。そして—多くが死んだ。これからも死ぬだろう。
 スジニ。お前は生きているな?遠くてもいいからまずは生きていろ。
柵に凭れたタムドクの顔を、暮れて行く夕日が柿色に染めていた。つい、と横に並んだ人がある。鳶色の髪が揺れて、正面からタムドクの目を覗き込んだ。タムドクは息を呑んで目を見張った。女の目は翡翠のような美しい緑色だった。褐色を帯びた肌はなめした革のように艶があり、高い頬骨が夕日に光っている。
 「異国の方か。」
女は答えない。言葉がわからないのだろうか。宝石を嵌めたような美貌から目が離せなかった。女はタムドクの頬に手を伸ばし、そっと撫でた。撫でながら自分の目元を指し、指先を下へ動かした。あなた、泣いてる。そう言った気がした。タムドクの頬をいつの間にか涙が伝っていた。

 

 大の男が泣いていれば、それは気になるだろう。執務室の机に片肘をついて、タムドクは昨夜のことを思い返していた。
 翡翠の目をした女はしばらくそっと寄り添っていたが、やがてタムドクの袖を引き、背後の天幕へと連れて行った。見事な西域の馬が八頭、整然とつながれて草を食んでいる。タムドクが息を呑む様子に、女は誇らしげに馬の首を叩いた。まったくなんと美しい生き物だ。この馬も、この女人も。
 頭を振って、タムドクは脚を組み替えるとじっと香嚢を見つめた。一体どうしてああなったのか、本当によくわからないんだ。だいたい、馬と女人を一緒にするなんて失礼な話だ。でもどちらもほんとうに美しい—
 タムドクは敷き藁の山に座り込んで、馬を飽かず眺めた。値はいくらなのか、これを購おうなどと思わず、ただ賞賛していた。女はぴったりと横に座り、タムドクの頬を撫でると何か言った。
 「悪いが、お前の話す言葉がわからない。」
通じたのか通じないのか、女はもう一度同じことばを繰り返すと、タムドクに口づけた。
 甘く、深い口づけだった。目を開くと不思議な目の色に捕らえられる。タムドクは藁の山に押し倒され、真っすぐに見つめる双眸から逃れようと目を閉じた。女はタムドクに跨がり、また深く口づける。腕を頭の上に投げたまま、体中を這う口づけにタムドクは酔ったように身を任せた。女がもどかしげに屹立を自分の中に収めた時も、目を閉じて眉を寄せ、甘く息を吐いただけだった。
 女がタムドクの上で動いている。切なげに喘ぎながら腰を回した。その腰を掴んで引き寄せ、いっぱいに突き上げる。くぐもった声が漏れ、それからずっと、女は甘い声で鳴き続けた。美しい生き物。甘い声で鳴く褐色の獣。手を伸ばし胸をさぐる。服の下はしっとりと汗ばみ、濡れた肌が掌に吸い付いた。下から支えるように揉みしだくと、いっそう女が鳴いた。タムドクの手に自分の手を重ね、両の乳房を強く掴むと女の中が脈打った。ふたりは同時に身を反らした。
 侍従の声がタムドクを引き戻した。香嚢をそっと置いて部屋を出た。
 回廊を歩きながら、タムドクはまだ記憶に囚われていた。異国のひととはいえ、会ったばかりで一言もなく情を交わした。ただその場でお互いを欲した。こんなことがあるのか。身を離すとき女はもう一度同じことばを囁いた。それから両手でタムドクの頬を包むと、夜の中へ出て行った。

 

***

 

 馬場ではコ将軍が満面の笑みで迎えた。
 「西域の者が、馬の献上に参っております。」
西域。タムドクには予感があった。七頭のしなやかな馬が鞍をつけて乗り手を待っていた。はるか向こうから、一騎が一直線にこちらに向かってくる。褐色の肌をいっそう引き立てる真っ白な裳。翡翠の目をしたあの女だ。
 「馬商人の———です。特異な美貌ですな。」
珍しくコ将軍が女人の風貌に触れたからか、異国の風変わりな名だからか、それともその姿を凝視するあまりか。タムドクは女の名を聞き取ることができなかった。聞き返さないまま、手近な一頭の首を撫でて手綱を取り上げると、ひらりと騎乗した。近づくにつれ、女が煌めく翡翠をあっと見開いた。そして笑った。
 「言葉を解さず商いをする商人はいない。わたしの言葉がわかるんだろう?」
女が微笑んで目礼する。
 「繰り返し言っていたのは、何だ?」
 「かなしいひと、あなたはとてもかなしそう。」
そしてもう一度、異国の言葉で繰り返した。

 
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