屋根裏部屋
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テサギエロティカ

1 女将

 「いやですねぇ。そんなことも知らないで。口づけが巧い男のほうが、どんな房事に長けてるより色っぽいもんですよ。」
 一度聞けば耳に残る徒っぽい掠れ声は、裏の間までよく通った。タムドクは長椅子に寝そべってちびちびと酒を舐めていた。国内城のタレの店。名妓を揃え、長年男たちを虜にしてきた名女将は、かつては芸妓として百済にも名を知られたという色っぽい年増だった。色気はあるが湿っぽくないからっとした姉御肌、ずいぶん苦労もしただろうに、とにかく明るい。気に入った客には自分から酒を注いで金もとらない。気っ風のいいところもあった。
 幼い頃から城下をうろつき、清も濁も併せて民の暮らしを見てきたタムドクは、太王と呼ばれるようになっても時々こうしてタレの店に漫然と寝転びにやってきた。久しぶりに訪れたタムドクをタレは大はしゃぎで迎え入れ、いつものように女はつけず、一番いい酒だけを卓に載せて放っておいた。タムドクは女をつけても過分な金を与えてすぐに放してやるのだ。これで美味いものでも買って、しばらくどこかに隠れていろなどと言う。そんなことでは若い子に怠け癖がつくというと、楽しいこともなきゃ、と笑うばかりだ。芸妓目当てではないらしいこの若旦那をタレは構わないことに決めていた。構わないのにいそいそと迎えるのはオレのことが好きなんだろうとふざけたことがある。
 「あら、見目麗しい若衆があたしのことをちらちら目で追って、時々笛の音でも聞かせてくれた日にゃあ、若返るってもんですよ。」
年増の余裕を聞かされて、タムドクは白い歯を見せて笑ったものだ。
 「ほんとの口づけってのはね。唇だけで、アレするのに負けず劣らずの気分が味わえるんだから。」
 今日はまたずいぶん艶かしいことを言っている。機嫌のよさそうなタレの声にタムドクは薄く微笑みを浮かべて酒を啜った。久しぶりに街を歩いてここまで来てみたが、胸の内ががらんと空いていることを思い知っただけだった。この街ではいつもスジニが一緒にいた。酒をくすね、喧嘩沙汰をくぐって陽気にその日を暮らしていたあいつは、いつの間にか自分の側に居着いた。振り向けば必ずそこにいたあいつを、自分は戦に巻き込み、神話の時代から続く厄介事に晒したんだ。自分だけがあいつを守ることができたのに。今になってこんなに恋しいというのに。
 「きれいな旦那。今日は久しぶりだと思ったらずいぶんしけた顔をなさって。いい男が台無しだ。」
 タレが幕をくぐって裏に下がってきた。
 「そういうお前はずいぶんご機嫌だな。」
ちらりと目をやっただけで、また酒を呷った。タレは襟元をつくろいながらそっと様子を窺った。
 「やれやれ。ご機嫌斜め。」
酒瓶を振って催促するのに大げさに眉をしかめてみせたが、いそいそと杯を満たしてやった。
 「そういえばどうしたのさ、いつも一緒のあの子は。男のようで女のようで、ほんとはとってもきれいなのに、それをそっと隠してるあの子は。」
タレはしょっちゅうスジニをからかって遊んでいた。もっときれいにすれば可愛らしいのに、この子はまあ、あたしに構わせてごらんよ。一番の売れっ子にしてやるのに。そんな時のスジニは全力で逃げる。自分の中の女の部分を突いてくるタレのからかいは、スジニが最も不得手とするもので、タレを見ると酒を抱えてすかさず逃げた。するとますますタレは機嫌良く笑い、あの子を手放しちゃあだめだとタムドクをつつくのだった。
 「一緒じゃないなんて珍しい。あれだけ言ったのに放しちまったのかい?小鳥のようなあの子をさ。」
身を起こしたタムドクは酒を呷った。
 「うるさい。」
 「ああいう子はパーッと化けてね、ある日蝶になっちゃうのよ。」
 「あいつの話はするな。」
怒気を含んだタムドクの言葉にはある種の哀しみが響き、タレにとってそれはよく知るものだった。なだめるように小声でタレが呟いた。
 「側にいつかない女が恋しいなんて。お気の毒。」
はは、まったくだ。同情してくれよ。乾いた笑いが漏れ、タムドクは卓に片肘をついて髪を掻き揚げた。言葉とは裏腹に、全てを拒む尖った目つきをじっと中空に据えた。
 それっきりタレは黙った。タムドクが口へ運ぶ杯をそっと抑えると、代わりに唇を押し付けた。絹のような唇に柔らかく噛まれて、タムドクの唇が開いた。アレするのに負けず劣らずの気分—。舌が舌を探る。探し出して誘う。絡み付いては退くのを繰り返し、逃げる舌が歯の先をゆっくりと辿った。唇の内側を尖らせた舌先でなぞる。誘い出されて、タムドクは女を貪った。吸われて深く差し込むと柔らかな舌が受ける。頭の芯が溶けるような抜き差しを繰り返し、やがてぐっと強く吸われると恍惚が訪れた。
 片肘をついたままの姿勢で頬を挟まれ、女に手も触れずにタムドクは喘いだ。小刻みに何度も顎が入れかわり、舌が絡み合い、さらに息が乱れた。唇の端から端まで、移った紅を舐めとられて、タムドクは長い息を吐いた。もう一度唇をつけられる前に、タムドクは喘ぎながら顔を背けた。
 「おい、反則だ。これは。」
負けず劣らずどころかアレそのものだ。
 「あんな目をするのが悪いんですよ。構いたくなっちまう。」
放しちゃだめだって言ったのに。それから男の固い胸を小突いた。タムドクはゆっくりと椅子の背に倒れ掛かった。
 「まったく。イっちゃいそうな顔をしてさ。タレの言うことを、覚えておいてくださいよ。これからもたっくさん女に言いよられることでしょうけど、そしたら今のと比べてごらんな。好きな女とだったらもっともっといいから。」
細い手が顎にかかり、女の親指がタムドクの唇に残った紅をゆっくりと拭った。好きな女。あいつは今どうしてる。スジニ。少し唇が開いた。タムドクは女の指先を咥えると軽く歯をたてて吸った。そのまま舌先で弄ぶ。女の肩が揺れ、つぷりと音がして指がようやく抜かれた。
 「旦那はまあ筋はいい。もっと場数を踏んだら女が溶けるようになるだろうね。」
身を翻して胸元を抑えると、懐から紅を取り出して女将はそのまま店へ出て行った。また嬌声が上がり、夜も更けるのにますます賑わっていくようだった。

 
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